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「あ……お祈りの方、ですか? すみません、神父は日のある頃にお帰りになってしまったので、今は誰もいなくて、お祈りだけなら自由なのでどうぞ……」
何か悩み事がある人がいれば、遅い時間でも神父はよく話を聞いていた。
離れた村から来る人もいたので、サッと立ち上がった俺が顔を上げると、黒い影は音もなく目の前に来ていた。
目の前で見ると黒い影は、本当に漆黒の服で、長い黒衣を纏った人だった。顔も大きな黒い帽子で隠れていて、ギョッとしてしまったが、首元に神職の人間が付ける白いカラーが見えて、思わず息を吸い込んだ。
「もしかして……、新しい神父様ですか? よかった、こんなに早く来ていただけたんですね。私はこの教会で世話人をしているランです。何か困ったことがあれば、なんでも仰ってください」
祭事の時など四六時中一緒にいるのだから、仲良くならないと辛いものがある。俺は満面の笑みを浮かべて挨拶をして手を差し出した。
新しい神父らしき人は、微動だにせずに黒い影のままじっと俺を見下ろしている様子だった。
無反応な様子に心が挫けそうになったが、どうも緊張しているのかもしれない。
神職の人は普段あまり人と話さない人もいると聞いたことがある。エパヌイ神父が気さくな人だったので、これはいけないと気持ちを作り直した。
「実は私もここに来てまだ半年で……、でも、村人の皆さんはみんな良い人達で、のどかでとてもいいところですよ。仕事がない時は、もしよかったら色々案内します。七色に輝く池とか、綺麗な景色もいっぱい……あの、よかったらですけど……」
行き場をなくして、寂しく揺れていた俺の手をガッと大きな手が掴んできた。
バサッと帽子が外されて、闇夜でも明るすぎるくらい輝く金色の瞳が見えた。
「パラディ」
「え?」
「名前だ」
「あっ、パラディ神父ですね! よろしくお願いします」
不思議な男。
それがパラディの第一印象だった。
背が高く、黒衣で隠れているがガッシリとした体格のように感じる。
帽子の中に隠れていたのは、青銅色のくすんだ青い髪、キリッと整った顔は精悍で男らしい。
俺よりも少し年上に見えるが、こんなに若くて立派な体で健康そうな人が神父をやるのかと、最近の神父の雇用形態が分からないのだが、不思議に思ってしまった。
何より金色に輝く双眼が、印象的で美しくて、思わず見入ってしまうほどだった。
こうして奇妙な真夜中の出会いから、不思議な男との日々が始まった。
カーテンを開けると朝日が入ってきて、薄暗かった室内が一気に明るくなった。
ううっと唸るような声が聞こえてきて、主人のお目覚めに俺はベッドに近づいて元気よく挨拶をした。
「おはようございます。蝋燭がずいぶん減ってますけど、また夜更かししたんですか?」
「ラン……」
「徹夜で聖書をお読みに? 熱心で素晴らしいですけど、睡眠はしっかり取らないと! あっ、フルーツのジュースを持ってきました。もらったパンもあるので、ハムを挟んで食べましょう」
新しい神父が派遣されてきて一ヶ月。
最初はエパヌイ神父と真逆の、社交性ゼロのパラディに戸惑ったが、やっとまともに会話らしいものができるようになってきた。
パラディ神父は今年二十歳を超えて、神学校を出たばかりの駆け出し神父らしい。
普通は帝都の教皇庁に務めるはずで、こんな辺境の地に来るのは、引退間近の年老いた神父が多いのだが、おそらくなにか問題を起こして流されたのだと思われる。
基本的に寡黙で無愛想、喜怒哀楽の感情があるのか分からないくらい無表情だ。
食事の仕方や身のこなしにキチンと教育を受けたようなものを感じるので、おそらく貴族出身だと思うが、それも推測の域を出ない。
とにかく自分の話になると口を閉ざしてしまうので、なかなか取り扱いが難しい。
あまり深く聞かないことを心がけるようにした。
村人の悩み相談も神父の仕事なので、こんなに口下手で大丈夫かと心配していた。
だが驚いたことに、そちらはすんなりとこなしている。
相談者も斬新なアドバイスだったと感心している様子なので、ちょっと俺も相談してみたい気になってくる。
週礼拝などの祭事も滞りなく務めていて、順調そのものに見える。
もう少し人当たりが良ければと思うのだが、人の性格に文句は言えないので、少し離れたところで様子を見ている。
村の人達も、クスリとも笑うことのないパラディ神父の無愛想さに驚いていたが、そういう人なのだと受け入れてくれた。
俺もそういう人なのだと思うことにして、エパヌイ神父にしていたことを、そのままやることだけ考えてこなしている。
「ほら、脱いでください」
「……っっ、必要ない」
「必要とかじゃなくて、俺の仕事なんです」
この無表情男が唯一感情を表す瞬間がきた。
朝の沐浴の時間だ。
実はこの時間が楽しみだったりする。
「ベッドに座ったままでいいですから、すぐ終わります」
俺は桶から濡らした布を持ってきて、パラディの身体を拭き始めた。
シャツを脱いだパラディの身体は驚くほど鍛え抜かれている。腕なんてガチガチに筋肉が付いているし、腹もバキバキに割れている。
机の上で聖書を読んでいた神学生がどこでこんなに鍛えてきたのか、まったく分からないが、質問しても答えてくれなさそうなので黙って丁寧に拭くことに集中する。
「くっ……っっ」
腹の辺りを拭いていたら、何やら下半身の方からむくむくと膨らんできたのが分かった。
同じ男であるので、その辺の事情はよく分かる。
「すまない……」
「いいですよ。気にしないでください」
長下着だけ履いた状態なので、下半身は足先から太ももの辺りまでを拭うだけに留める。大事なところは自分で綺麗にするのが一般的だ。
「……前の神父にもこんな世話を……」
「ええそうですよ。沐浴は世話人の大事な仕事です。ただ、エパヌイ神父は八十を超えていましたからね、ここが元気になることはなかったです」
指を差しながらニカっと笑って見せると、さすがの無表情男にも動揺が見えた。
わずかに頬が赤くなり、目を逸らしたのが分かって、嬉しくなってしまった。
「はい、終わりです。さすがにソコの処理はお世話できないので、自分でやってくださいね」
「だっ……それはっ、当たり前だっっ」
「着替えたら、式の打ち合わせがありますから、礼拝堂に来てください。先に話を進めておきますね」
予想以上に可愛い反応を見てしまった。
喜怒哀楽の感情は死んでいるんじゃないかと思っていたが、それは間違いだったようだ。
そりゃ、こんな田舎の教会なんかで暮らしていれば溜まるものは溜まるだろう。
生理現象だからと俺も深く考えなかった。
ただ、赤くなって動揺していたパラディを見て、少しだけドキドキしてしまったのは気のせいだと思うことにした。
「二人って、お似合いよね」
林檎を丸齧りしていたら、喉に詰まらせそうになってゲホゲホと咽せてしまった。
「なっ! ゲホッッ、ゴッ、何を、どこを見たらそんな風に思えるんですか?」
教会の裏手で薪を割っていたら、籠いっぱいの林檎を持ってきてくれたマレーヌが突然おかしなことを言い出したので耳を疑ってしまった。
マレーヌはロキとソニアの母親で、山の裏手に大きな果実畑を持っている。
俺がここに来てからよくおすそ分けと言って、たくさん果物を持ってきてくれた。
「あら、二人ともよく目立つのよ。村の人間とはどう見たって違うし、ランは一見冷たそうな美人ちゃんに見えるけどとっても可愛いし、パラディ神父は神々しいくらい美形で男の色気たっぷり。見ていて目の保養なのよね」
「はぁ……、見た目の話ですか。心の距離はちっとも縮まった気はしないのですけど。それに、神父は神職にある方なのでそう言った話は……」
「あら、神父は子だくさんなんて話もあるくらいよ。結婚も許されているし、新しい神父が来たら、村の人間で年頃の者はみんな色めき立つの。パラディ神父なんて、お付き合いしたいって若い子はたくさんいるんじゃない? 声もかけられていると思うけど」
「そうだとしても、俺と神父は部下と上司の関係ですから、そういうものは勘弁です。だいたい、恋愛なんて俺はする気もないし、一生独り身のつもりです」
「まぁぁ、こんなに綺麗なのにもったいない! それってもしかして、帝都で何かしてここへ追放されたことと関係がある?」
俺が帝都でどんな立場だったかや、何をしたかは詳しい話は村長くらいしかしらない。
その村長からも相手が相手だから、周りには言わないようにと言われていて、今まで適当な話をして誤魔化してきた。
知りたそうにする人は多かったが、ここまで突っ込んで聞かれるとどう反応していいか分からなくなってしまった。
「ええと……、結婚しようとしていた人に、別に好きな人ができてしまって……、それで揉めたというか。それで、もう恋愛とかはいいかな、なんて……」
実際のところ、俺としては皇子にいっさい気持ちはなく、好きにしてくれという感じだったが、憑依前のテンペランスは皇子が好きだった。
だからこそ、嫉妬に狂って悪役令息になったわけなので、その辺のことを絡めながら、愛憎劇に疲れたということにしておいた。
俺の話に聞き入っていたマレーヌは、みるみる顔が赤くなって、ダメよと大きな声を上げた。
「何よそれ! そいつ浮気者じゃない! なんで傷ついた方が、そのまま落ちていかないといけないの!?」
「いっ……ちょっ、マレーヌ。興奮しすぎ。もう大丈夫だから……」
足をドンドン鳴らして怒り出してしまったマレーヌを、なんとか抑えようとしていたら、声に驚いたのか教会の裏口がガタンと音を立てて開けられた。
「ラン、大丈夫か?」
「パラディ神父、騒がしくてすみません」
ここでこの人が入ってきたらよけいおかしな話になりそうなので、さっさと中に戻ってもらおうとしたら、俺の後ろからマレーヌが飛び出してきた。
「神父様、うちのランはとっても可愛いでしょう? それなのに、帝都では男に遊ばれてひどい裏切りにあったみたいなの! 傷ついた心を癒してくれる人を見つけてあげたいのよ。協力してあげて」
「あわわわっ、マレーヌ、それはちょっと大げさかなと……」
変な雰囲気になるからやめてくれと止めたが、マレーヌお得意のお節介モードを止められず、気まずい話を聞かれてしまった。
パラディがどんな反応をするのか怖かったが、恐る恐る見ると、パラディはまったく感情のない顔で頭をわずかに下げて頷いたように見えた。
「そうと決まれば、隣村にも声をかけて若者衆を集めましょう! お貴族様みたいにパーティーよ! ラン、あなたが主役なんだから絶対参加してね!」
「えっ、ちょっ、マレーヌさんーーー!」
勢いに乗ったマレーヌは、林檎の入った籠を俺に押し付けて、猛スピードで走って行ってしまった。
呆気にとられた男二人、立ち尽くしていたが、気まずさを誤魔化すように俺はまた薪を集めて割ることにした。
パラディは何か言いたげに立っていたが、しばらくしたら教会の中に戻っていた。
コメント
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わあ、第3話もすごく面白かったです……!真夜中の教会で出会ったパラディ神父、無愛想だけど沐浴のときはあんなに動揺するなんてギャップ萌えです🤭 マレーヌに今の恋愛事情を聞かれて誤魔化すランの過去も気になりますね。パーティー企画でこれからどうなっちゃうんだろうってドキドキしながら読み終えました。続きも楽しみにしています!