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月曜日の午後6時。九頭竜晶がオフィスを出たところで、一人の人物が話しかけてきた。
「ア・キ・ラさん……!」
「あれ?麗奈さん?どうしたの?」
「晶さんに会いたくなって、来ちゃった!」
「えぇ!それは嬉しいですね!」
「でしょ〜?今日は優香抜きで二人でいたいと思ったの!」
「じゃあ、どうしようかな……今日も同じバーでもいい?」
「晶さんとならどこでもいいわよ!」
「それじゃあ、決まりで!」
「あ、優香にメールしとかなきゃ。『今日は晶さんとバーに行くから、帰るの遅くなるよ。』っと。」
「…………。」
先週と同じバー、NightFlower。
カウンター席に座る二人。
「晶さん、今日はレディ・キラーはダメよ。」
「え?今日も飲んでもらうつもりだったのに!」
軽く笑う晶。
「だーめ!すぐに眠くなるから!」
「あはは……じゃあ、最後の〆で飲んでもらうよ。」
「晶さん、狙いすぎ!」
そう言いつつも、前回同様まんざらでもなさそうな麗奈。
「とりあえず最初の一杯は……キールにするか。」
「キール?」
「ワインベースのカクテルだよ。マスター、キール二つね。」
「かしこまりました。」
その時、バーテンダーは晶に目で何かを合図するが、晶は軽く首を左右に振る。
「晶さんって、カクテル好きなのね。色々知ってそうだし。」
「前にバーでバイトしてたことがあるからね。」
「へぇ~、そうなんだ。」
「お待ちどうさまでした。」
バーテンダーがシャンパングラスに入った黄金色のカクテルを二つ出した。
「じゃあ、麗奈さんとまた会えたことに乾杯!」
「乾杯!」
「会いにきてくれて、本当に嬉しいよ。」
「晶さんだけよ!」
「ありがとう。……噂で聞いたんだけど、麗奈さんと優香さん、ハルヤマ物産のご令嬢なの?」
「……一応ね。」
「そんなご令嬢が、俺なんかと一緒にいてくれるとか、驚きしかないね!」
「やめてよ、私なんか……。」
さっきまでのハイテンションと打って変わって、急に暗く不機嫌になる麗奈。
「ごめん、嫌な質問しちゃったみたいだね。なんかあるんだね……?」
「……そうなのよ。パパは……私のことなんか、コネ作りのための道具としか思ってないのよ。お見合いの話ばかりしてくる。」
「パパは、『世間を勉強してこい。』とか、『金を稼ぐ大変さを知れ。』とか言って、OLとして優香と二人暮らしさせてるけど、いずれは自分が決めた相手と結婚させようとするに決まってる。」
「私のことなんかその程度にしか思ってないのよ。」
「そうなんだ。でも、優香さんと二人一緒に暮らして働くなんて、やっぱり仲いいんだね!」
「……そんなことない。」
「え?」
「……パパは、何故かわからないけど、昔っから優香のことばかり可愛がってる感じがする。」
「そうなの?優香さんっていつも無口だし、笑わないよね?」
「そうなのよ!なのに、何かと優香を気にかけてて、習い事とか全部優香基準で、私はついでって感じ。」
「そうなんだ……。」
「しかも、学校でも全然喋らないし笑わないのに、『優香のほうがいいよな。』とかいう男子もけっこういて、気に入らないの!なんで私より優香がいいんだか……。」
「勉強の成績が良かったとか?他に何かあるの?優香さんって全然喋らないから、謎が多くて。」
「そうね……勉強の成績は良かったわね、私より……。でもね、友達は作らなかったし、せいぜい私についていくぐらい。それに、優香ってけっこう偏食で、ハンバーガーばかり食べたがるのよね。全然みんなに合わせないの……。双子だから同じとか言われるけど、優香は私から見ても変なやつよ。」
「てか、晶さんさっきから優香のことばかり聞いてない?私より優香のほうがいいの?」
麗奈の目には、優香への対抗心と晶への疑念の気持ちが籠もっていた。
「そんなことないよ。ただ、麗奈さんのことを知るなら、周りの人のことも知っておいたほうが、より理解しやすいと思ってね!」
「ホントに〜?……ねえ、晶さんは優香より、私のほうがいいよね?ね?」
「いや〜……人それぞれだから、どっちが上って言うのも失礼かな?」
「え〜!それって答えになってない!」
「ん〜……どうしてもって言うなら………。」
「言うなら………?」
「麗奈さんのほうがいいかな。」
「やったー!でしょ?優香なんかもてない男が妥協してるだけよ!」
あからさまに機嫌が良くなる麗奈だった。
晶は他愛もない麗奈の愚痴を聞かされながら、時間は過ぎていった。
「ん〜……晶さん、眠くなってきちゃった……。」
「あらあら……じゃあ、麗奈さんの家まで送りますよ。」
麗奈と優香が住むマンションまで、千鳥足の麗奈を送る晶だった。
晶はマンションの入口まで来たところで、優香に電話をした。
「もしもし、優香さん?」
「………どうしたの?」
「悪いけど、麗奈さんを迎えに来てくれないかな?麗奈さん、酔っちゃって心配だから。」
「……わかった。」
しばらくすると、優香が入口まで降りてきた。
優香は相変わらず無表情ではあったが、「やれやれ……。」とでも言いたげな感じだった。
優香がやってきたところを見て、麗奈は晶に抱き着いて来た。
「ねぇ、晶さん……お別れのキスして。」
酔いながらも、優香への対抗心だけは失わない麗奈。
「え?ここで?優香さんが見てるよ?」
「いいの!して!」
「…………。」
優香は無表情で二人を見つめている。
晶は迷った挙句、そっと麗奈を振りほどいた。
「…………ダメなの?」
明らかに不機嫌になる麗奈だったが、晶は何とかはぐらかそうとする。
「今はしない。」
「えぇっ!なんで?」
「俺は、楽しみは最後まで取っておきたいタチなんだ……。そうだ、金曜日にもう一度会えない?次の日が休みの時に、気兼ねなく楽しみたいから……それまでは敢えて我慢しておきたい。」
「え〜……晶さん……でも、それって…………まぁ、別にいいけど?」
若干不満気な部分も残ってはいたが、優香に見せつけれて気が済んだのか、麗奈の不機嫌は収まった。
「じゃあ、金曜日までのお楽しみで!」
「は〜い!…………残念ね、優香!」
優香に勝ち誇ったように笑顔を向ける麗奈。
「じゃあ、おやすみなさい、晶さん!」
「じゃあね、麗奈さん!」
麗奈は優香を無視して、一人エレベーターに向かっていった。
残された優香と晶の目が合う。
「…………。」
優香は無言で引き返そうとする。
晶は慌てて優香に話しかける。
「優香さん!」
「…………なに?」
優香は目線を合わせず、晶に背を向けたままだった。
「今日も優香さんを見れて、いい気分だよ!」
「…………そう。」
「…………水曜日、楽しみにしてる!」
「…………私も。」
そう言って、優香もエレベーターへと向かっていった。
* * *
水曜日の午後6時。
セントラルビルの6階。
「…………。」
オフィスを出た九頭竜晶の前に、優香が佇んでいた。
「え!?……優香さん、わざわざ来てくれたんだ!」
「……麗奈には残業があるって言った。」
「……暇だから……あなたが何をしようとしているか見ようと思って。」
何か含みのある言い方だった。
「大したことはしてませんよ。それよりも、優香さんと二人だけで飲めるなんて嬉しいな!」
「…………そう。」
「この前のバーとは別に気に入ってる店があるんです。そこでもいいですか?」
「…………別に何でも。」
「それじゃ、行きましょうか。」
晶が優香を連れて向かった場所はビアレストランだった。
ドイツのクラシックなビアレストランを模したと思われる店だった。
オレンジ色の照明、焦げ茶色の木を使ったテーブルや椅子、壁は、先日のショットバーを思い出させる。
「ここの唐揚げとソーセージは他にはない味で、優香さんにも紹介したいと思ってたんですよ。」
「…………そう。」
「…………それだけが目的?」
「もちろん、それだけじゃない…。」
「優香さんのことをもっと知りたい。」
「…………麗奈のことは、よく知れた?」
「ああ、あれは、今日みたいに麗奈さんが俺の所まで来てたんだよ。」
「……そう。麗奈らしいね。」
「俺が本当に知りたいのは、優香さんだけ。」
「…………そう…………私もあなたのことが知りたい……色々と。」
「ふふっ、よかった…。」
嬉しそうに微笑む晶。
対する優香はあくまで無表情で、にわかに感情が読めない。
「失礼します。ご注文いかがなさいますか?」
「唐揚げとソーセージ盛り合わせと…優香さん、他には?」
「……黒の大ジョッキ……後はあなたに任せる。」
「じゃあ、黒の大2つで。」
「かしこまりました。」
しばし沈黙の時間……。
まず大きく重厚なビアグラス…優香には重すぎると思えるようなグラスに注がれた、黒ビールが二つ運ばれてきた。
「乾杯。」
「…乾杯。」
優香は少しだけ晶に目線を合わせると、すぐに下を向いた。
晶は優香に色々と質問をした。
「優香さんと麗奈さんはいつも一緒ってイメージあるね。時々見かける時も、いつも二人一緒だったし。優香さんから見て、麗奈さんってどんな人?」
「………いつも私に対抗してくる人。昔から、何かと私より上に立とうとしてる。」
「へぇ~……そうなんだ。明るくて天真爛漫って感じだけど、負けず嫌いなんだね。」
「…………麗奈はプライドが高い。双子だからこそ、小さい頃から比べられてきた。だから、何かしら私に勝つことが快感で、麗奈は自尊心を保っている。」
「そうだろね……。」
「………月曜日の時、麗奈にも同じように質問したんじゃないの?」
「………なかなか鋭いね。そう、麗奈さんは『いつもパパは優香ばかり可愛いがってて、私はついでだった。』って言ってたよ。」
「…………私は気が向かないことはどうでもいい。」
「だとしたら、優香さんの気が向くこと……いうなら、趣味って何なの?」
「…………別に。」
「え〜?本当は何かあるでしょ?麗奈さんは『優香はハンバーガー好き。』って言ってたけど、他には?」
「…………酒。それと、オカルト。」
「オカルト?怖い話とか都市伝説。」
「…………それ。」
「学校の怪談……それに、アポロ11号は月に言ってない…とか?」
「…………それ。少しは知ってるね。」
晶には、優香の目の色が少し変わった気がした。
自分の趣味を理解出来るかもしれない人がいることに、微かに期待を寄せたのだろうか?
「けっこうそういう系の話は好きだから。」
「あ!じゃあ…優香さんに怖い話を一つするよ!」
「…………?」
「ある人がハワイ旅行をした時の話。ホテルにチェックインを済ますと、さっそく海に入ろうとした。しかし、その時にサンダルを持ってくることを忘れていたことに気付いた。その時、近くにいた現地人がサンダルを買わないかと話しかけてきた……。」
「…………それで?」
「その人はいくらかとたずねた。すると、現地人はこう言った………サンダルだけに3ドル。」
「…………ッッッ。」
相変わらず晶に目を合わせず、無表情でビールを口にしていた優香がむせた。
「…………大丈夫?」
「…………ッッッ。」
咳込んだ優香は下を向いたまま晶の肩を叩いた。
「…………くだらない。」
「あははっ、優香さんもこんな反応してくれるんだ!」
「…………馬鹿。」
優香が初めて微笑んで晶を見た。
「!?……優香さんが笑ったところ初めて見たよ。」
「…………私も人間。」
「優香さん、やっぱり綺麗だよ……素敵だ。」
「…………。」
返事こそしなかったが、優香の耳の紅さが、気持ちを雄弁に語っていた。
「………………………。」
「優香さん?」
「……………………今度は私が話す。」
「え?何だろ?」
「…………私の推理。」
その時、コツコツとヒールが床を叩く音が二人に近付いてきた。
話を続けようとする優香を遮るように、二人に話しかける人物。
「あれ〜?どういうこと?」
麗奈だった。
酒も入っているだろうが、顔を紅潮させ、引きつらせている。
嫉妬と、優香への対抗心が麗奈を苛立たせていた。
「……なんで優香が晶さんといるの?ねぇ?」
「…………。」
「あんた飲み会は断ってたのに、なんでここにいるの?」
「…………。」
「黙ってないで言いなさいよ!」
麗奈の声に、近くの席の人も何事かと振り返る。
「違うんだよ、麗奈さん!俺が強引にお願いしたんだ。」
「仕事が上手くいかなくて、自棄酒したい気分でさ……ここの唐揚げとソーセージ食べたい気分だったんだ。」
「……ちょうどその時に、優香さんとばったり出会して、来てもらっただけ!」
「麗奈さんは飲み会だからいないって聞いたから……ね?」
咄嗟の嘘だったが、一応の辻褄は合ってた。
しかし、麗奈も引き下がらない。
「だったらなんで晶さん私にメールしてこないの?」
「ちょ…ちょっと麗奈さん…皆見てるから…ね?」
「と、とりあえず出ようか…優香さん。」
「ちょっと、話はまだ終わって…。」
麗奈が言い終わる前に、気を利かせた麗奈の同僚が麗奈を自分達の席に戻そうとする。
晶は優香を連れて、そそくさと会計をすまして店を出た。
麗奈が何か言っていた気もしたが、二人の耳には入っていなかった。
夜の港公園にまで逃げた二人。
「ごめんね…優香さん。まさか麗奈さんがいたとは…。」
「…………別に。」
「…………あれが本当の麗奈。」
「そうだね…さっき話してたとおりなんだね。」
公園のベンチに並んで座る二人。
「それでもごめんね…、優香さんが面倒なことに巻き込まれちゃうね。」
「…………それは…どっちにしろ同じ。」
「…………また、別の日にもう一度会えないかな?」
「…………その前に、話したいことある。」
「ん?何?」
「…………推理。まだ話してない。」
「ああ、そういえば、そうだったね。」
「……話す。私のパパ……春山剛蔵の話。……色々調べた。」
「…………。」
春山剛蔵という名前を聞いて、一瞬晶の眉間にシワが寄る。
優香は少し晶の方を向いた。
晶は、優香がさっきまでとは違う目をしていることに気付く。
無表情のままではあるが、何か意を決したような目をしていた。
優香はベンチから立ち上がると、まるで黒板の前で授業をする教師のように、左右にゆっくりと歩くことを繰り返しながら話を始めた。
「山梨県の資産家一族……春日山家。私の曾祖父もその一人。ただ、その代からは性を春山と名乗るようになった。……春日山家は、同じく資産家一族の花崎家と長年対立していた。」
「…………。」
春日山家と花崎家…その言葉を聞いた時から、九頭竜晶と名乗る男は無表情になった。
そして、九頭竜晶と名乗る男の目は、それまで麗奈と優香には見せたことのない、全ての感情を押し殺したような目をしていた。
「……不思議な因縁。パパも……春山剛蔵もビジネスで、ある人と対立していた。……その人の名前は花崎郁夫。花崎家の分家筋の一人。花崎郁夫はビジネス争いで敗れて、破産……最後は自殺したとか。……そして、その人には息子が一人。……そうよね?」
優香は立ち止まると、真っ直ぐに九頭竜晶と名乗る男を見た。
そして一言……
「……花崎圭一さん?」
コメント
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第4話、読み終えました…! 晶さん、優香さん、麗奈さんの3人の関係性がどんどん絡み合ってきて面白いですね…!特に最後の優香さんの推理パート、晶さんが初めて見せる“仮面が外れたような無表情”にゾクゾクしました。 「花崎圭一さん?」の一言で、物語の空気がガラッと変わった感じがして、続きがすごく気になります…! 麗奈と優香、どっちにも共感できる部分と不安がある、複雑な双子の関係性も丁寧で素敵だなと思いました🥀
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