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「平和だなぁ……」
ダイカサの街を目指して、馬車に揺られながら空をみていた。
ミストの街から北側は、魔物もあまり出ないためすごく平和だった。
「たしかに北側の街道は滅多に魔物も出ない、だがまったく出ないわけじゃないぞ?」
隣に座っているリズさんが、剣の手入れをしながら注意を促す。
柄はややひしゃげているようだ……そりゃあんな怪力じゃあそうなるよね。
「エルと出会う前にも、北側の森にある浅い洞窟でゴブリンを数匹見かけたぐらいだ」
「……見かけてギルドに報告を?」
「安心しろ、私なら瞬きしてる間に数匹ぐらい切れる」
つまりそういうことだ、と言いたげな顔だった。
そういうことじゃないんですけどね。
「だが不思議なことがあってな。焼くなり埋めるなりするのを忘れていて、翌日様子を見に行ったら処理してあったんだ」
「……不思議なこともあるもんですね」
討伐に行った人ごめんなさい。
犯人この人です。
「この剣ももうもたないな」
……も?
一体何本の剣が犠牲になったのやら……。
「中央都市に行くのはもっと良い剣がほしい、とかですかね?」
「良い剣、というよりは頑丈な剣がほしいな」
普通は切れ味とかを追求するものじゃないのかな。
「そろそろお昼ですし、女将さんにもらったお弁当をいただきましょう」
ポーチから包みを取り出して、リズさんに渡す。
「まだ温かい……便利なポーチだな」
「そうですね、高いらしいので内緒ですよ」
そして包みの中にはライ麦パンのホットサンド。
チーズの香りが食欲をそそる。
「――ッ!」
外はカリカリ、中はふわふわ、そしてパンと融合するかのようなベーコンとチーズの最強タッグ。
そしてマスタードの酸味がくどさを抑え、レタスの潤いが次の一口を誘い――――
「ふふっ」
……なぜ笑うんだい?
「今日はこの辺までですねぇ」
チロルさんが街道を少しはずれ、馬を止める。
日が落ちてきたので野営の準備、テントと焚火の準備に取り掛かる。
「リズさんはテントをお願いします。僕は火を起こしますんで」
ポーチからテント一式と焚火用の薪、麻の繊維のようなものを取り出す。
「良いマジックポーチを持ってますねぇ、羨ましいですぅ」
「あっ……」
チロルさんに見られていたのか、あるいは道中のリズさんとの会話でも聞かれていたのか……。
「言いふらしたりしませんよぉ、商人は信用第一ですからねぇ」
「……でもほしいとか思ったりしないんです?」
「行商人がそんなの持ってたらぁ、格好の的ですよぉ」
「そうなんです?」
「そうですよぉ、持ち運びが楽ってことはぁ、盗む方も楽ってことですぅ」
言われてみればたしかに。
強い行商人なら抵抗できるんだろうけど……強い行商人ってなんだよ。
でも時間遅延も組み込んであるなんて知ったら、話は変わるだろうな。黙っとこ。
気を取り直して焚火の準備に取り掛かる。
「枯草はその辺で集めて、そして大事なのがコレ」
松ぼっくりを取り出す。
薬草採取の際に、拾っておいたのだ。
「まさかこの世界にも松ぼっくりがあるとはね」
まずは麻の繊維っぽいものに……
「威力を抑えて……ライトニング」
術式をちょっとだけいじり、静電気程度の電気を起こし、繊維で火を起こす。
そしてそこに枯草と立てかけるように薪を、枯草が勢いよく燃えだしたところで松ぼっくりを投入。
パチパチと音を立てながら火の勢いはさらに強くなり、薪が燃え始める。
「ほー、器用な魔法の使い方をするんだな」
「使える魔法の数は少ないですけどね」
覚えるだけでも大変なんやで!
周囲は真っ暗になり。チロルさんは荷台で寝床の準備をしている。
そしてこちらは、夜は交代で見張りをするため、遅めの夕飯にする。
ライ麦パンを取り出し、ナイフで切り口を入れる。
あとは燻製肉と焚火で軽く炙ったチーズを挟む。
「さぁ、おあがりよ!」
「あ、あぁ……それにしてもそのポーチは便利だな。バッグだと私は戦闘の時に邪魔になるかもしれんが、そのポーチぐらいの大きさならそれもないだろう」
たしかに、いくらぐらいするかわからないけど。
リズさん用にもほしいね。
「色々物資も入ってますんで、僕が寝るときはリズさんに預けますね」
「いいのか? 高価なものなんだろう?」
「中に入っているものはパーティの共有財産ですから、気にしないでください」
実際個人的なものはほとんど入っていないし。
「そうか……ありがとう」
焚火に照らされるリズさんの優しい横顔に、ドキッとしてしまった。
(……美人はずるいよ)
照れをごまかすように食事をし始めた。
……うん、パンに燻製肉と炙ったチーズを挟んだ味がする。
それ以外に例えようがない、普通の味だった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、手早く片付けを済ませ、再びダイカサを目指し荷馬車は進み始めた。
「なぁエル、共有財産というからポーチの中を色々確認したんだが……なぜ胡椒が? 高いのではないか?」
そこに気づくとはお目が高い。
「もし長旅になったら食に刺激がほしくなるじゃないですか」
ちょっとリズさん?
あきれた顔をしないでください。
「その気持ちわかりますよぉ、私も胡椒を扱うときはぁ、つい自分用にちょっと使ってしまうぐらいですぅ」
チロルさんがこちらを振り返りながら助け船を出してくれる。
でも商人としてそれはどうなんだ。
これでも昨晩は、我慢して使わなかったんだ。
でも……
「僕もいつか自分を抑えられなくなる……そんな気がするんだ」
遠い目で空を見上げる。
「いや、使いたいなら使ってもいいが」
あ、そうですか。
「しかし今日も平和ですね」
「たしかに、暇だな……」
魔物がまったくいないわけではない、極少数の気配はたまに感じる。
だが襲い掛かってくるわけでもないので、こちらからも手は出さない。
「そうですねぇ、でもこれだけ魔物が出ないとなるとぉ、代わりに野盗が出る可能性はありますねぇ」
チロルさんの口から物騒な言葉が出てくる。
「この辺に野盗って出るんですか?」
「ダイカサの街でぇ、指名手配されてるのはぁ、見たことありますぅ」
「ほう……」
リズさんが興味を持ってしまった。
人間が真っ二つになる瞬間はちょっと見たくないな。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、もう少しでダイカサが遠目に見えてくる……という辺りで、荷馬車は取り囲まれていた。
「野盗の話なんてするからホントに出ちゃったじゃないですか」
「なに? じゃあもっと早めにしておくんだったな」
どうしてそうなるの?
荷馬車の前方に僕が、後方をリズさんが守る。
野盗は前方と後方に2人ずつ。
「お頭ぁ、女3人みたいですぜぇ」
「チッ、男はいないのか」
この野盗、違う意味で怖いんですが。
そしてチロルさんは、荷台で外套にくるまって丸くなって震えている。
「あとはお二方におまかせしますぅ、私がケガしたらお二方を恨みますぅ」
そこは野盗を恨んで欲しい。
でもこれなら……
「リズさんは前回ぎゃくさ……活躍したので、ここは僕が全部いただきますよ」
飛行魔法で、荷馬車のちょうど真上に飛翔し滞空する。
「エル、それはまさか……」
リズさんに知られる分には構わない、そう思ったからの行動だ。
あとこうしたほうがきっと野盗のためだ。
人間のスプラッタ映像は見たくないからね。
(うん、ここからなら全員狙える)
指先からスタンテーザーを放つ――――
「あばばばばばッ!」
「ギッ――――!」
「あにゃぁぁんッ!」
「んごッ――――!」
痙攣とともに奇声を上げながら、次々と野盗は倒れていく。
合計4名、痺れてもらった。おかしな悲鳴が混じってた気もするけど……
(うーん、やっぱり射程距離だけ長くしても反動が強くなるなぁ)
マナバレット、及びそれが元になっているレイバレットとスタンテーザーは、射程距離や威力を上げるほど反動が強くなる。
今後の課題だね。
「チロルさん、もう大丈夫ですよ。縛るロープとかってあります?」
地面に降りて、丸くなって震えるチロルさんに声をかける。
「えっ? ありますけどぉ……もう終わったんですかぁ?」
「あぁ、エルが全部片づけた……ひょっとして私は、とんでもない魔法使いとパーティを組んだのかもしれないな」
僕もとんでもない剣士とパーティ組んだと思ってますよ。
ダイカサで警備隊に引き渡すため、野盗たちをロープでぐるぐる巻きにし、荷台に敷き詰め移動を再開する。
「見えてきましたよぉ、あれがダイカサですぅ」
チロルさんが指差した方向に、小さく見える街と、広い小麦畑が見えた。