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敦「やばい!遅刻だぁーー!」
探偵社員、中島敦は今、猛烈に焦っていた。
乱れた身だしなみ。焦りを感じさせる表情。挙句の果てには食パンまで咥えている。
ここ迄テンプレートが揃っていれば最早誰にでも分かるだろう。
そう。敦は遅刻していたのだ。
現在の時刻は10時。かなりのタイムオーバーだ。
なお、泉鏡花は今日、早い内に家を出て、先に探偵社に向かったため、起こしてくれる人も居なかった訳だ。
異能を発動させようにも街中で緊急時以外(敦にとって今は緊急時である他無いだろうが)に気安く使う訳にはいかない。
今日は快晴。清々しい青空の下、青年は走る。
敦「はぁはぁ、もう少しだ…!」
もう探偵社は目と鼻の先。探偵社の建物が段々と視界の中で多くの面積を占め始める。
そんな中、敦は違和感に気づいた。
其の探偵社の入口の傍の壁に赤黒い何かが居るのだ。まだ距離がある為見えづらいがどうやら人のようだった。
そして、その’’赤黒い何か’’の前に辿り着いた。
其れを近くで見た瞬間、敦は絶句した。
それは紛れもなく人だった。其の人は少年だった。黒い外套に真っ白なシャツ、そして黒いネクタイと黒いズボン。身に付けている物が殆ど黒い。それだけでなく其の少年は身体の至る所に’’包帯を巻いていた’’のだ。
手や首元、右目にまで。そんな人物に敦は心当たりがあった。
顔立ちも彼の人にそっくりだ。
いや、違う。敦が驚いた理由は其れだけではない。その少年が’’血塗れ’’だったからだ。
頭から爪先まで、黒と白でしか構成されていない服装が赤黒く見えていたのは恐らくこの血液の為だ。
黒い外套や真っ白なシャツは、(真っ白というのは少々語弊があったかもしれないが)所々に血の赤が滲んでいる。
敦は取り敢えず探偵社へと運び込む事にした。 敦の悪い予感が当たっていなければ与謝野女医の異能も使えるだろう。素人目で見ても少年は瀕死レベルの大怪我だった。
敦が少年を抱え上げる。其の時にチラッと顔をみるが、やはり彼の人に瓜二つだ。目を瞑っている上、顔のほぼ半分が包帯で隠れているが其れでも似ている。
そして、敦はその少年をもう一度抱え直した。それにそう苦労を要すことはなかった。少年が余りに軽かったからだ。
そして敦は探偵社へと駆け出した。
・・・
ばんっ─
凄い音とともに探偵社の扉が開く。
そして中に居た社員が全員敦の方を向いた。
国「おい!敦!ちこ_」
国木田が反射的に敦を叱責しようとするが、途中で言葉が途切れる。
其の視線は血塗れの少年の方に向けられていた。
敦「与謝野医師(センセイ)は何処ですか!?」
国「っ…!診療室だ!」
それを聞き敦は直ぐさま診療室へ向かう。何時の間にか国木田も同行している。
・・・
敦「与謝野医師!!」
医薬品独特の匂いが染み付いた診療室の中、場違いな程に敦の声が響き渡る。
与謝野は椅子に座ってカルテを見ていたようだ。
与「どんな大怪我をして来たんだい?」
其の声は台詞に反して高揚しているようだ。其の顔には不気味な笑顔。
敦「…、この子が探偵社の前に倒れてて…」
敦の声は先程よりも落ち着いている。与謝野の何時もと変わらない様子に拍子抜けしたのか、良い意味で気が抜けたようだ。
与「ふぅん、成程ねぇ。任せな!」
そうして与謝野は少年を連れ、手術室へと入っていった。
・・・
数時間後_
与「一寸、国木田来な」
与「後、敦も」
敦と国木田が仕事をしている最中、与謝野が二人を呼びに来た。さっきの高揚した調子とは打って変わって現在は真剣な口調だ。
二人が連れられた先はその少年が眠っているらしいベッドのカーテンに仕切られたすぐ側だった。
其処に置いてあったパイプ椅子に国木田と敦は腰掛けた。
与「単刀直入に言う」
与「あの子に妾の異能が効かなかった」
数秒の沈黙。
敦・国「「え?」」
与謝野の異能が効かない。その状況に成りうるパターンは二つ。
一つ。怪我を治す対象が瀕死の大怪我で無いというパターン。だが、あの少年は見るからに大怪我だった。外面から見ただけだったため確証は無いが、それならば与謝野がこんなに深刻な表情をする必要が無い為、恐らくこのパターンでは無いだろう。
二つ。これは極めて貴重…というか一人にしか適用しないパターンだ。それは’’相手の異能力によって無効化される’’というもの。異能無効化の能力を持つ太宰治にのみ起こりうるパターンだ。異能無効化の異能というのは稀にない究極の異能だ。よって、この横浜の地に太宰以外にこの異能を持つ者が居る確率などあって無いようなものだ。
これが意味すること、それはつまり、
あの少年が太宰治である。
という事だった。
敦「あの子は…太宰さん何でしょうか…?」
国「…そうかもな。だが本人に聞いてみない事にはまだ分からん…」
与「太宰は出社してないのかい?」
国「はい、電話にも出ませんでした…」
三人はこの異常な状況に就いて珍妙な面持ちで話し合う。
其の時。少年のベッドを囲っていたカーテンが僅かに開いた。
カーテンレールが擦れ合う音に反応した三人は一斉に其方を向く。
カーテンの隙間から少年が顔を出した。
矢張り、その顔はどう見ても太宰治、其の人なのだった。
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