テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#mtp
ひより
76,642
kurara
4,130
kurara
4,820
────七月三十日。
七月も終盤に差し掛かり、今月も残りは今日を入れてあと二日。
最高気温は日に日に更新されていくばかり。勘弁して欲しい。
と、言っても今いるのは室内で冷房も一応効いてる。
自室に若井を呼んで課題を…というよりかは遊びに行きたいと言われたから呼んだ、に近いけど。
部屋の中央に置かれたローテーブルにプリントやらワークやらを広げて。いや、広げたはいいものの。
全然進んでない。
「なにこれ。全然分かんない。」
シャーペンを指先で回しながら数学の課題を睨む。
見れば見るほど意味の分からない数式。単語。
エアコンの効きがあまり良くないのも相まって頭が働かない。
そして行き詰まっているのはどうやら若井も同じらしく。
「やっぱ全然終わんないかも。どうしよ」
「お前はアイス食べてるだけでしょ。」
何本目だよそれ。さっきから咥えてるとこしか見てないんだけど。
「だけ、って。ちゃんとやってるよ」
心外だ、とでも言いたげにプリントを指先でなぞっている。
鼻で笑って今度はこっちが課題放棄。シャーペンを机の上に転がして頬杖をついた。
棒アイスを咥えたまま視線をプリントに落とす若井。
少し長い髪は視界を妨げてしまうのか、今日も片耳にかけられている。
頬杖をついたままぼんやりとその姿を見ていた。
時々若井はこうやって髪をかけたりするけど、それを見る度にどうしてか目で追ってしまう。
視線を落とすと同時に伏せられた目。こうして見ると、睫毛長いんだなぁって。
片手が無意識に机を叩く癖。いつも思うけど、若井の指は長くて綺麗。
何本目かのアイスは既に食べ終えたらしく、今度はシャーペンの尻を唇に押し当てている。
多分悩んでるんだろうけど。
そんな些細な仕草にいつの間にか意識を奪われていた。無意識の内に気にしてしまっている。
そういえばこの前も。その前も。
まだ、気づけない。
見惚れていたと言うには不確かで、しかし気の所為と言うには鮮明すぎる程この目に焼き付いている。
それに違和感を抱いたことは無かったしそれがどうしてかなんてのも考えたことが無かった。
意識を奪われるのは、何故なのか。
この目が無意識にその姿を映してしまうのは。
今まで気にしたこともなかっただけで、少しでも考えればこれが何なのかはすぐに理解できるだろう。
たった今、この瞬間、胸の奥で揺れた何かを認識しそうになっていて。
「元貴?」
それを理解する前に目の前の声が思考を断ち切った。
「…え、なに。」
我に返って目を瞬かせる。
自分自身、何を考えていたかよく分かっていなかった。
「手、止まりすぎ。見惚れた?」
シャーペンをカチカチとノックしながらわざとらしく首を傾ける。
そんな姿に瞬きの速度が一瞬遅れた。
まただ。また、目を離せない。
さらりと揺れた前髪の隙間から見える目に全部見透かされてしまうような気がして。
若井は悪戯っぽく笑いながらシャーペンを持ち直して、此方に向けていた視線を再度プリントに落とした。
冗談めかして言っただけの言葉が頭に届くのに数秒かかる。
見惚れた。見惚れた?誰が。誰に。
そんな訳ないでしょ、と言えばいいものを言葉が詰まったように出てこなかった。
否定も肯定もできないまま一拍の静寂が落ちる。
ぐるぐると渦巻く感情の整理はつかないまま、すぐ近くに置いてあった消しゴムを指先で若井の方へと弾いた。
「はいはい。見惚れた見惚れた。」
嘘はついてない。でも随分とずるい言い方になってしまった。
机を滑って落ちた消しゴム。
それを笑いながら拾う若井の事が今は直視出来なくて。
机の上に放られていたシャーペンをようやく手に取って自分も課題に取り掛かるふり。
視線を向けてはいるものの、同じ文章を何度もなぞってしまう。
ペン先が書くのは問題の答えなんかじゃなくて、意味のない線だけ。
「やばい、全然頭に入ってこない」
シャーペンでプリントの端を叩きながらボヤく若井の声に顔をあげないまま返事を返す。
「わかる。暑すぎてほんとにだめ。」
床に転がっていたリモコンに手を伸ばして温度を少し下げておく。
少しだけ、嘘をついた。
課題が頭に入ってこないのは暑いからじゃない。
温度を下げたのも暑さで頭がやられるからじゃない。
全部夏の暑さのせいにして、火照った心を涼しさで誤魔化したかったから。
ペンを持つ手には僅かな力が入ったまま、しばらくこの問題は解けそうになかった。
コメント
5件

もう命日ですか今日は(?) 命日と言えるくらいメロい話なんですがぁぁぁ!!?? 夏の、夏のこのメロさが、いちさんの文章力によって表現(?)されることで、神のような作品 ができあがっています....。 とても良い作品を、ありがとうございますm(_ _)m
メロすぎる助けて
わああ第4話読み終えたよ…!😭💕 若井くんの仕草に無自覚に惹かれちゃってる主人公、もう完全に恋する側の顔じゃん!!「見惚れた?」ってニヤって聞かれて、慌てて「はいはい見惚れた見惚れた」って誤魔化すのずるすぎる〜〜〜〜😭✨ 夏の暑さのせいにして火照る心を冷ましたいっていう心情描写、エモすぎて鳥肌立ったよ…!まだ気づいてないけど確実に好きになってるやつだこれ…次の展開が待ちきれないよ!!