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#mtp
ひより
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────八月四日。
自室。開け放たれた部屋の窓から差し込む午後の光がやけに眩しい。
夏の風にカーテンがふわりと揺れた。
何処からか聞こえてくる風鈴の音に少しだけ涼しさを感じる気がして。
五日前、若井と居たこの部屋に今は一人。
静けさの降りた空間にシャーペンの滑る音だけが聞こえている。
あの時集中することが出来ず進まなかったページを埋めるように課題をこなしていく。
全く頭に入ってこなかった数式も幾分か理解出来るようになった。白紙に近かったページも五日前より早いペースで埋まって。
その事実があの時間との差を鮮明に映していた。
かと言って胸の奥につかえるような感情が消えたかと言われればそんなことも無い。
寧ろ悪化しているかもしれなかった。
気を抜けばつい考えてしまう。誰のことかなんて言うまでもない。
今だって思い出すのはあの笑顔。
見てると胸の奥が詰まるような感覚になるし、その笑顔が自分だけに向いていたらいいのに、とそんな事さえ考えてしまう。
ちょっとした仕草に気付くのは自分だけが良くて、抱きついてきた時に抱き返すのも自分だけが良い。
その声でもっと名前を呼んで欲しい。
もっとこの声で名前を呼びたい。
もっと、ずっと。
芯が折れる小さな音で我に返った。先程まで進んでいたページは半分程埋まっただけで止まっている。
我に返ったと同時に頭の中がぐるぐると渦巻き始めた。
何、今の。何でそんな事。
自分だけに笑って欲しいって?
名前を呼んで欲しいって、何で。
こんな大きい感情を抱えている今、気付かないままでいる方が難しい。
芯の折れたシャーペンをそのまま机の上に置いた。
椅子の背にもたれて天井を仰ぐ。片手で口元を覆うと触れた頬の熱さに気付いてしまった。
「……………絶対、好きじゃん……」
誰も居ない部屋に溶けたその呟きは、気付かなかった感情の大きさをようやく実感させた。
心臓の音が早く脈打って、低く煩いくらいに鳴っている。
机に突っ伏して指先でプリントの端を弄ってみたりするけど全く落ち着かない。
いつから好きになったのか、考えてみても思い出せないのは結構重症かも。
思い出せるのは数々の心当たりだけ。
その姿ばかり目で追ってしまうのも、色々思うくせに結局口に出来ないのも、若井のことが好きだから。
あぁ、だめだ。余計に苦しい。
痛い程鳴り続ける鼓動を呑み込んで代わりに深く息を吐いた。
これからどうしようか、なんて考える余裕もないくらいに今は溺れていた。溺れていたかった。
伏せていた身体を起こしてもう一度椅子の背にもたれる。
熱くなった頬は夏のせいじゃない。
どれだけ涼しい風が吹いたって冷めなさそうだ。
と、思考と静寂を断ち切るようにスマホがピコンと音を立てた。
タイミングが良いのか悪いのか。画面を見ると表示されたのは見覚えがありすぎる名前で。
画面を見た瞬間また呼吸が楽じゃなくなって、頬に少しだけ熱が浮かぶ。
こんな気持ちになるのは初めてなようできっと初めてじゃない。
思えば、今まで通知が来た時画面を見る前に真っ先に浮かぶのはその名前だった。
他の友達でもクラスの誰でもない、若井のこと。
クラスLINEの通知だったりした時のあの感情だって、今なら理由が分かる。
向けていた好意の形に名前が付いた今、訳も分からず感じていた感情全てが解けていくようだった。
送られてきたメッセージ内容は相変わらず大した事じゃない。
数学のここが分からない、というようないつも通りの。
『元貴教えてよ』
追加で送られてきたその一言に胸の奥がきゅっと締まった。
若井の事だから、本気で教えて欲しいというよりただ単に話したいだけなんだろう。
そしてそれを自分に送ってきた事、今若井が考えているのは自分の事なんだと思うと。
どうしようもなく嬉しくて、愛おしい。
『俺に分かるわけないでしょ』
なんて軽い態度で返すのはいつも通り。
ただ、今日はやり取りひとつひとつに動かされる感情の大きさを知っていた。
今までもこんなふうに思っていたのだろうか。
自覚したのは今日が初めてなのに、こんな感情を抱くのは初めてなんかじゃない気がする。
『詰まってるならこっち来ていいよ』
その一言を送るのに、今までより少しだけ時間がかかってしまった。
コメント
3件

いちさぁん!もうI love you🤟です、いちさんもこの物語も夏も!! 大森さん、「好き」って実感したんですね........本当に若井さんは罪なオトコですね( *´艸) シャーペンっていうのがまず良いですよね(語彙力無) ちょっと語彙力無のせいでコメントが....( ;∀;) 次も楽しみにしております❣️
いちさん、こんにちは☺️ 第5話、読み終わりました。 「絶対、好きじゃん……」って自分で気づくシーン、すごく胸に響きました。今まではっきりしなかった感情に名前がついて、過去の自分が感じていたことも全部つながっていく感じが、丁寧に描かれていて好きです。 若井くんからの通知ひとつで心臓がぎゅっとなるの、分かりすぎて辛いけど、純粋で可愛いなって思いました。自分の気持ちを自覚した後の、ちょっとした行動の変化とか、すごくリアルだなあって。 続きも楽しみにしてますね🌙