テラーノベル
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『お父さんのスープが、冷める前に』財団が管理するサイト-19の実験室。金属製の冷たいデスクの上に、その青いスープ皿(SCP-348)は置かれていた。今回の実験の被験者(Dクラス職員)である青年、D-4022が部屋に入ってきた。彼は過去に何度も暴力を振るい、父親とは10年以上前に絶縁して以来、天涯孤独の身となった男だった。「そこに座り、皿の中身を食べてください」スピーカーから、研究員の冷淡な声が響く。D-4022が椅子に腰掛けた瞬間、何も入っていなかった皿の底から、じんわりと黄金色のスープが湧き上がってきた。湯気とともに、どこか懐かしい香りが部屋を満たす。鶏肉と、野菜と、柔らかい麺の入った、温かいチキンヌードルスープだ。「おいおい、なんだよこれ……毒でも入ってんのか?」悪態をつきながらも、D-4022はスプーンを取り、スープを一口口に運んだ。その瞬間、彼の動きがピタリと止まった。「……あ」それは、高級レストランの味ではなかった。少し塩気が強くて、野菜の切り方も不恰好な、どこか不器用な手料理の味。記憶の奥底に沈んでいた、幼い頃の光景がフラッシュバックする。熱を出してベッドで寝込んでいたとき、普段は料理なんて一切しない厳格な父親が、不器用な手つきで一生懸命作ってくれた、あの時のスープの味だった。「……親父」D-4022の目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ち、スープの表面に波紋を作った。スープを飲み進めるうちに、彼の凍りついていた心が、まるでお風呂に浸かったときのようにじんわりと温められていく。『大丈夫だ』『お前を愛している』言葉ではない父親の温もりが、スープを通じて彼の胸に直接流れ込んでくるようだった。彼がスープを最後の一滴まで飲み干したとき、皿の底に文字が浮かび上がった。それは、彼を愛していた父親の筆跡だった。『体に気をつけるんだぞ。いつもお前を想っている。』D-4022は皿を抱きしめるようにして、子供のように声を上げて泣き崩れた。モニター越しにその様子を見ていた若い研究員が、そっと目元を拭う。「……実験終了。D-4022を退室させてください」このSCP-348は、食べる人の状況によって味が変わる。親に愛されて育った子供が食べれば「とても美味しいお父さんの味」になり、親と不仲な人が食べれば「懐かしい思い出の味」になる。しかし、もし「親から一度も愛されたことがない人」が近づくと、皿にはスープすら湧き出ず、ただ冷たいままで終わってしまう。この皿は、世界中のどこかにいる「不器用な父親たち」の愛情を、そっと集めて届けてくれる手紙のような存在なのだ。実験室の照明が消され、綺麗に洗浄された青い皿は、再び静かに次の「誰か」を待つために収容ケースへと戻された。
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コメント
1件
ああ、すごく温かいお話でしたね……。 冷たい実験室の描写と、D-4022の荒んだ心の内側が、スープの一口でじんわりほどけていく感じが、読んでいてこちらまで胸が熱くなりました。 特に、父親の不器用な「体に気をつけるんだぞ」という筆跡の一文。あれで全部が報われた気がしました。 SCP財団の世界観を借りながら、これだけ人間の愛情の機微を描けるのは、🍊好きさんの優しい眼差しあってこそだと思います。 次はどんな「誰か」に出会うのか、楽しみです🌷