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俺は英雄になりたい

3 - 第1章《1 残響(惨境)》《2 蜂起(放棄)》

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2025年12月05日

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第1章

行動的な人のように考え、思慮深い人のように行動せよ──アンリ・ベルクソン



〈0〉

あなたはそれでもまだ、手を引くつもりはないのかい?



〈1 残響(惨境)〉

怪人が俺の部屋に来た。

そういえば、来客が来るのは久しぶりだ。

お菓子を出せばいいんだったっけ………いや、その前にお茶を沸かさなければ──って、いやいや、違うだろ。

怪人だ。

怪人が目の前にいる。

《朱色に輝く大鎧を身に纏った、クワガタさながらの大男》が、今。目の前にいる。

さしずめ『クワガタ星人』とでも言おうか。

──さて、クワガタ星人よ。

「俺を捕らえて………改造してくれるのかい?」

「──────」

クワガタ星人は何かを発した。しかし、その言葉が俺に聞こえることはなかった。

「………熱っ」

あまりにも脈絡のない、一瞬の出来事だった。

俺の両耳は機能を失った。否、俺の両耳は欠損していた。否否、俺の両耳は無惨にも──根本から引き裂かれていたのだ。

「────いったぁぁぁあああああぁぁああああいっ!!??」

しかしこの声も、俺にはもう聞こえない。

痛みと衝撃で見開かれた俺の眼球に焼き付けられた光景は、あまりにも信じがたく、非現実的なことで、至極普通のことだった。

クワガタ星人の両腕は、自らが纏う鎧と同じ、燃えるように。もとい、血の色ように真っ赤に染まった、朱色のブレードへと変化していた。

そりゃそうだ。鎧武者は、刀を握っているべきだ。

「ぐ………!」

俺は耳を抑える。止血のつもりだったが、その凪いだ感触が気持ち悪く、すぐに手を離した。

クワガタ星人は足を一歩、踏み出す。錯覚か幻聴か《ギィッ》と、鈍い音が響いた。

「──────」

「だから聞こえねえって………!」

俺は反射的に、顔の前で腕をクロスに組んだ。腕には橈骨と尺骨、二つの骨がある──両腕合わせて四本。

クワガタ星人のポテンシャルはまだ確定していないが、仮に止められなかったとしても、軌道はずらすことができるかも──

そこまで考えて、俺は考えることをやめた。

俺は腕を組んだまま、およそ生物的本能による直感に基づき、全体重を背中にかけた。



〈2 蜂起(放棄)〉

気付けば俺の部屋の天井は、オープンカーさながらの吹き抜けとなっていた。

クワガタ星人が斬ったのだろう。横一文字に。

「………冗談じゃねえ」

大家への言い訳とか、いろいろ考えることはあっただろう。

だけど、今考えるべきことはそこじゃない。

「──────」

このクワガタ星人、今は亡き友人との約束の如く俺を殺そうとしてくる。

事実、後ろに避けなければ今頃、俺の肩から上は平らになっていただろう。

………想像してゾッとする。


「がは、……がふぁ………」

と、その時。俺の口から、胃の中に溜まっていたものが全て吐き出された。

瞬間に視界がボヤける。ピンぼけというより、白黒反転しているような感じだ。

気持ち悪い


キモチワルイ



悪い気持ち


悪くて気持ち良い

気持ち悪いが悪い

良い気持ちが悪い


悪いノガワルイ/


「キモチワルイ 」


「アクハワルイ アクガワルイ」



──ああ、壊れた。

人は出血をしただけで、こんなにも簡単に壊れる。

後ろに倒れたせいで、体は身動きがとれない。

脚が上がら無い。

小指の先まで感覚が亡い。

聴覚が鳴い。

耳が凪い。

脳に酸素が回ら泣い。

頭もおかしく壊れている。


正義のヒーローとは程遠い。

自分で自分を見るなんて、それこそ鏡にしか出来ないだろうが──今の俺は、怪人よりも


よっぽど化け物だ。

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