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「ほら、そのまま、…上手」
赤子をあやすような口調で手を取られ、自分の刀を抜かれた。
それがそっと彼の首筋に当てられて、自分の手ごと刀を握らされる。
「…僕は人形とはいえ、人間と同じように首にコードがあるんだ。だから…」
──────ここをかき切ってしまえば、永遠に、動かなくなるよ
はぁ、と荒くなりそうな呼吸を抑えるように息を吐き出す。
自分の手を握る彼の掌に、力は無い。きっと、それは拙者に全てを終わらせさせるため。
彼がやりだした癖に、自分では手を染めない、なんて、なんと卑しい。
だけど、今はそんなことさえもどうだっていい。
だって先刻から、記憶がフラッシュバックして溢れ出して止まらない。
家の者の不満愚痴。幼いながらに理解し、聞こえないふりをしていたけれどそれはどんどんと自分の内側に溜まっていった。
家を出た日、自由とは素晴らしいと思いながらこれからの人生を途方に迷いそうになりあのまま死ぬかもしれない。と思った。
親友に出会った日、荒い仕草の中に彼なりの優しさも含まれていて頬が緩んだ。
…そんな彼と別れ、最後に会ったのは彼が敗れた時だった。空間すらも引き裂く一太刀は彼を叩き切り、 友の最後ですら顔が見えず彼の肉が引き裂かれる音を聞きながら、必死に目の前の彼の神の目を掴んだ。
放浪者の夜色の髪は将軍様と、よく似ている。
そりゃあ、彼女が作り出した人形なのだから当たり前だけれども。
頭の中がグルグルして思い出が暴れて目が回る。床に広がる髪の毛が美しくてうっすらと自分の顔が映っている
言っている。思考がこの人形を殺せ。と、喚いている。
目の前に溢れるあの記憶。昨日の今のことのように思い出せる。
友の笑顔
友の死に際
将軍様の感情のない表情
無想の一太刀の、音
彼女が、親友を…殺した
◆◇
彼の刀の切っ先が自分の首に当たり、ぐっ、と力を込められる。
ああ、遂にか。この長い地獄に終わりが来るんだ。
500年にもわたる僕の人生は、他人の手によって終わらせられる。不愉快な事だがその相手が相手だからそんなこと微塵も思わない。いや、思えない。
────ふと気になって空を見ていた視線を自分の上に跨っている人物に向ける。
目に、光がない。楓原は僕の首に刃をあてがって少しの力を込めたまま動かなくなった。
その楓原の視線は、僕を見ているはずなのに見ていない。胸がちくりと痛むような、人形に心なんてない。
けれど、その楓原の無機物のような視線を向けられると神の目当たりがじくじくと痛み出す。
耐えれないほどではない、それにこの痛みの原因さえ分からないものの、この痛みはいつも僕を襲ってそんなことが何百年と繰り返されると流石にもう慣れてしまった。
は、と呼吸の音がした。彼のものか僕のものかなんて分からない。また逸らしかけていた目で楓原を捉える。
…あの優しい楓原から、怒りも、悲しみも、憎悪も、全ての感情が抜け落ちた…人形のようだった。
「かえ…」
「なんて、」
何故か、声が上手く出なかった。呼び掛けた声は、楓原の言葉によって上書きされる。
気味が悪いほどニコリと笑って手から刀を離し、彼は僕の上からどいた。
状況が飲み込めずにいると先に起き上がった彼によって手を引かれ容易に起き上がらせられてしまう。
けれど、上半身まで起こされたところでピタリと動きが止まった。
…微かに、彼の手が震えていた気がした。
「…なんてな、拙者がお主を手にかけるなど、そのようなこと…するわけなかろう」
「…かえ、ではら」
「拙者は過去には拘らぬ、と先程も申したであろう?男ににごんはないと言うし、もし拙者がお主を手にかけるようなことがあったら…、」
あったら、という言葉で楓原が下を向いた。
ふーと落ち着かせる様な呼吸。
僕はただどうすることも出来ずに…こんな事をして良い身分では無いが、急に陽気に喋り出す彼の胸にそっと手を置いた。
「否、そのようなことは金輪際あっては───…無いでござるよ。故にお主もそう簡単に終わらせようとするでない。」
きゅ、と胸を触った手を握られて優しく突き返される。その仕草は慈愛に満ちていたのに彼からの”拒絶”だと、はっきり分かった。
きっと、これ以上は彼に触れてはいけない。
ここが境界線なのだと。分からされるようにして、突き放された手で自身の服の袖を掴んだ。
そして神の目あたりがひび割れていくような感覚に耐えながら楓原のそのお言葉に「わかった」と静かに頷いた。