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僕は今、捕食されかけている。そう確信するしかなかった。
フローリングに打ち付けた背中は、鈍く痛む。だが、そんな痛みなど一瞬で消し飛んだ。
上に乗る彼女の体温と重みが、暴力的なまでに僕の全神経を支配していたからだ。
鼻孔をくすぐるのは、安い酒の匂いなんかじゃない。彼女のうなじあたりから漂う、甘く危険な香りだ。
普段は透けるように白い肌が、今は火照って熱を帯びている。
乱れた前髪の隙間から覗く瞳は、とろんと潤んで、焦点が合わないまま僕を見下ろしていた。
無防備に開いた唇から、艶めかしい吐息が漏れる。
「……春川さん」
砂糖菓子みたいに甘い声だった。彼女がぐっと身を乗り出すと、僕の胸板に押し付けられた柔らかな感触が、むにゅっと形を変えるのが分かった。
密着度が上がり、全身の血管という血管が沸騰しそうだ。意識するな。考えるな。僕は理性ある大人で、紳士だ。
必死に言い聞かせるが、身体は正直すぎる。まずい。下腹部に、血流が急速に集まっていく。
落ち着け。鎮まれ、僕の分身。ここで反応したら、後輩へのセクハラで社会的に抹殺される。何か別のことを考えろ。論理的で、無機質で、色気のかけらもないものを。
——そうだ。2の累乗だ。0と1の羅列だけが、僕の理性を繋ぎ止めてくれる。
(……2、4、8、16、32)
僕は天井を見つめ、脳内で数字を刻み始めた。
(……64、128、256)
よし、まだいける。この規則正しいリズムこそがSEの安息の地だ。
順調だ。血流が少しずつ散らされていくのを感じる。このままいけば、僕は尊厳を守り切れる──はずだった。
しかし、世界は残酷だ。彼女が「んぅ……」と声を漏らし、体勢を崩したその瞬間。重力に従って、彼女が着ている淡いピンク色のVネックのニットが、僕の目の前でたわんだ。
見てはいけない。そこは絶対不可侵の領域だ。そう理性が警告を発しているのに、視線が磁石のように吸い寄せられる。白い肌。鎖骨のくぼみ。
そして、その奥にある谷間の陰影が、ニットの隙間から露わになった。
(……512、1024、にせん……いっぱい……ッ!?)
ダメだ、処理落ちする。計算が追いつかない。目の前に広がる光景の情報量が多すぎて、僕のCPUは完全にエラーを吐いて停止した。
なぜ、こんなことになったのか。事態は、数時間前にさかのぼる。