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陽菜は驚いて危うくコップの中身を床にぶちまけるところだった。
「何よ、兄さん! びっくりしたじゃない」
だが明雄は陽菜の方に目もくれず、両目をいっぱいに見開いてテレビの画面に釘付けになっていた。そして今度は夢でも見ているかのような口調でつぶやいた。
「馬鹿な……福島第一原発の中に……人がいる!」
「えっ?!」
陽菜も仰天してコップをテーブルに置き、明雄と同じ方向に視線を向ける。テレビの画面には荒い画質の映像が映っていて、白っぽいレインコートのような服に全身を包んだ男たちが動きまわっている様子が見えた。女子アナの声が流れる。
「事故発生以来、原発に留まって必死の作業を続けている職員の疲労の色は濃く、原子炉の冷却は一進一退の状況が続いており……」
明雄はリモコンで次々にチャンネルを変えた。ニュース番組は全て、福島第一原発に人がいると報じていた。明雄は陽菜にやっと顔を向けて言った。
「新聞は、ここ何日かの新聞は残ってるか?」
「あ、うん。資源ごみ回収は明日だから、二週間分ぐらいあるよ」
「それを持ってきてくれ。それと、おまえのパソコンを貸してくれ」
「うん、じゃあ、あたしの部屋へ入ってて」
それから二人は陽菜の部屋でパソコンをネットにつなぎ、明雄は床に並べた新聞をすさまじい速さで読みだした。そして十分ほどして顔を上げ、信じられないという表情でつぶやいた。
「間違いない……微妙にだが、歴史が変わっている」
明雄に指示されてインターネットで検索しまくっていた陽菜にもそれは分かった。
フーちゃんとの時間旅行に出発する前の、陽菜たちが知っている歴史では、福島第一原発は事故発生三日目の水素爆発の後、全職員が退避して無人になり、そのままなす術もなく原子炉の暴走と爆発を繰り返したはずだった。
放射能汚染の状況も変わっていた。元の歴史では第一原発から半径80キロ以内は人が近づく事も出来ない高濃度汚染地帯になり、特に30キロ圏内はそこに一時間もいれば確実に命を落とすほどの死の土地になっていたはずだった。
だが、時間旅行から戻ってきたこの歴史では違っていた。事故発生後、水素爆発の後も原発内部には50人以上の職員が決死の覚悟で残り、それ以上の原子炉の暴走を食い止めようと二カ月近くも原発内部の建物に踏みとどまっていた。彼らは「フクシマ50」と呼ばれて、外国のマスコミからも称賛の的にさえなっていた。
放射能汚染もまた、警戒区域という名の事実上の立ち入り禁止区域は原発から半径20キロに変わっていた。その外でも部分的に避難が指示された地域はあったが、陽菜たちが知っていた歴史よりはるかに範囲は小さかった。
また応援のための作業員が何百人も交代で原発内部に出入りしている事から考えて、警戒区域の中でさえ短時間で確実に死亡するほどの汚染濃度ではないようだった。
避難の様相も違っていた。時間旅行の前の歴史では、急性放射線障害で数十人もの死者が出た後、パニック的に周辺の住民が大量に脱出したはずだった。陽菜の高校に転校してきた子たちも、そうやって逃げて来た人たちだった。だが今の歴史では、避難は事故直後から政府によって組織的に行われ、現時点では周辺の一般市民には直接放射能で命を落とした者は一人も出ていなかった。
フーちゃんが過去に干渉した事で、2011年3月11日以降の歴史がほんの少し変わったのは間違いない。
だが、ただそれだけの違いと言えない事もなかった。原子炉は次々に暴走し水素爆発は起きているし、半径20キロ圏内は一般人は立ち入る事も出来ない場所になっている。警戒区域内はもちろんその周辺からも数千人の住民が避難を余儀なくされている事に変わりはない。その違いにどれだけの意味があるのか、陽菜には分からなかった。
陽菜はふと思いついて、インターネットで検索をかけてみた。そして再び驚いた。「セッショウセキ」というキーワードが、150件もヒットしたのだ。時間旅行の前には、いくら検索しても一件のヒットもなかったはずなのに。明雄にそれを告げると、明雄は数秒考え込んだ後、キーワードを「殺生石」に変えて検索をかけた。今度のヒット数は6万を越えた。
陽菜と明雄はしばらく茫然としてお互いの目を見つめ合っていた。原発事故だけではなく、歴史が微妙に変わっているのは間違いなかった。あのアベという未来人が言っていたように、「些細でちっぽけな」歴史の改変は起きていたのだ。
明雄はまるで酔っ払っているかのようなフラフラした足取りで立ち上がり、陽菜に言った。
「悪いが、僕は官舎へ戻る。一人で大丈夫か?」
「え? ああ、あたしは大丈夫」
そして明雄は都心へ戻って行った。陽菜は床に散らばった新聞の束を片づけながら、まだ夢の中にいるような気分だった。
一週間後、陽菜は都心の図書館にいた。司書に教えてもらってたどり着いた書架には、日本の伝説に関する本が並んでいた。それを手繰って陽菜はその物語を見つけた。「白面金毛九尾の狐」と呼ばれる有名な伝説の妖怪の物語。
時代と場所から考えて、フーちゃんの起こした事件が妖怪怪奇譚として歴史に残ったのだと考えて間違いないようだった。「白面金毛」とは、フーちゃんの容姿の形容だろう。北欧人のような真っ白な肌と流れるような金髪の。彼女のタイムマシンは正体を現した九尾の狐として語り伝えられていた。
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