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《ピラミッド内部 キール・ヒロユキ》
くそ……どうなっている……!
「防戦一方だな、騎士と勇者よ」
私たちは、攻撃をしかけた。
だが――全く、通らない。
かすり傷すら与えられず、ただ翻弄されるばかり。
「…………」
これが、“魔王”と――“人間”の、力の差か。
「……そろそろ、液の効果も切れる頃合いだ。
話してもいいぞ?」
魔王は、まるで散歩でもしているかのように余裕の表情で言った。
こちらの焦りも、すべて見透かしているかのように。
「……私のパーティーにも、よく喋りながら戦う奴がいた。
そういうヤツほど、頭のおかしい性格をしてるもんだ」
一人、思い出す顔がある。
あんなふざけた奴だったが――どんな時でも、余裕を崩さなかった。
もしかして、アイツには最初から……【神の加護】とやらが、ついていたのか?
「……やっと口を開いたかと思えば。
――言いたいことは、それだけか?」
魔王の顔に、僅かに影が差す。
表情こそ変わらぬが、声音には確かな“苛立ち”が滲んでいた。
――なるほど。
“もう少し”だな。
「貴様ごときに――話すことなど無い!」
「……ほう。
我を“ごとき”と見下すか、名も名乗らぬ低級騎士よ。
魂があの世に届くと思うな」
――来たッ!
魔王メイトの表情から、余裕が消えた。
怒りを露わにし、次の瞬間には一瞬で俺の眼前へ――!
「くッ!」
反応は、できた。だが……!
“ゴッ”――!!
裏拳一撃で吹き飛ばされ、地を滑る。
だが――これでいい!
「……クルッポー」
空中で受け身を取り、そのまま軽やかに着地。
ヒロユキ殿も、気付いたようだ。
「威勢のいい言葉を放った割に、この程度か?」
「そっちこそ。
さっきからずっと……我々に傷ひとつ、つけられていない。
魔王とは――その程度か?」
「……黙れ」
「っ……!」
再び、反応できぬ速度で間合いを詰められる!
そして――
ガシッ――!
首を掴まれたまま、背中から壁に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
次の瞬間、魔王は――
「ォォォオオオオオオオオオオ!!!」
獣のような、言葉にならない咆哮を上げた。
その目に、もはや理性はない。
あるのは、感情のままに暴れようとする“本能”。
「どうした、魔王メイト。
……たかが一人の人間を、まだ殺せないのか?」
「――――ッ!!」
怒りで視界を曇らせた魔王。
なるほど……効いている。確実に。
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《囮作戦前 馬車内》
「……ということで、アオイさんには“囮”になってもらいます」
ユキさんはそう言いながら、静かに小さな瓶を差し出した。
この作戦は、アオイさんをやむを得ず囮に使い、敵の本拠地へ侵入する突破口を開くためのものだった。
「遅かれ早かれ、戦争になると思います。
なので、みなさんにこれを渡しておきます」
「これは……?」
ユキさんが渡してきたのは、小さな香水瓶。
「リラックスピルクルの香水です」
――リラックスピルクル。
ミクラル王国で爆発的に流行している香水だ。
……まあ、こういうオシャレ系アイテムは私は使ったことがないが。
「僕、香水って使ったことないんだけど……」
「「えっ!?」」
「……?」
その瞬間、私とユキさんの声がぴったり重なった。
アオイさんは首をかしげているが、私たちは……思わず目を見合わせた。
世の中には、香水を使わない人も当然いる。
それが男でも女でも関係ないし、自由だ。
……でも、私たちが驚いたのは――
「アオイさん、ずっと何の香水を使ってるんだろうって思ってたんです……」
ユキさんの一言に、私は大きく頷いた。
そう、問題は“使ってないのに香る”ということ。
「うそ!? そんなに僕、臭うかな!?」
「悪い意味じゃないですよ? ……甘い匂いです」
「それって僕……糖尿病なんじゃ……」
「そういう意味でもないです」
……確かに。
アオイさんの周りは、いつもほんのり甘い香りが漂っている。
それは香水ではなく、“本人そのもの”の匂い。
無意識のうちに、その香りに引き寄せられてしまう。
脳が、それを探してしまう。
実際、幻覚を見せて脳にダメージを与える“香り系魔物”も存在する。
私たち騎士はその対策訓練を受けているが――それでも。
……ふと気を抜くと、私はいつの間にか。
アオイさんを――目で、追ってしまっていた。
「……しかし、どうしてこれを?」
私がそう尋ねると、ユキさんは少しだけ表情を引き締め、こちらを向き直った。
「私の親友が、魔族に関する研究を秘密裏に進めていたんです。
その中で、この《リラックスピルクル》の毒が――アヌビス族に対して、二つの効果を持つと判明しました」
「ふむ……魔族の研究、ですか」
「……はい」
それ以上、ユキさんは何も語ろうとしなかった。
少し目を伏せたような仕草。触れてほしくない――そんな空気を感じた。
魔族の存在がようやく認知されはじめたこの時代に、“ずっと前から研究していた親友”の存在。
正直、私はその人物に興味がある……が、今は追及すべき時ではない。
「……それで。効果とは?」
「一つは――思考を狭めます」
「……思考を?」
「怒りやすくなるんです。感情の抑制がきかなくなって、衝動的になる」
「……なるほど」
その言葉に、私は思わず目を伏せる。
思い当たる節が、あまりにも多すぎた。
――私は、怒りに飲まれて。
……己の王を裏切ったのだから。
「後は、怒らせる方法ですが――」
ユキさんは少し声のトーンを落とし、淡々と続けた。
「思いきり、相手を蔑んで。
声に出して、挑発してください」
「了解した。……そして、もう一つの効果は?」
「もう一つですが――」
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「お前は我を怒らせた……いや、お前“等”だ!
この戦いが終わった後、人間は――一人残らず、我が直々に殺してやろう!!」
……来た。もっとだ……もっと怒れ!
「ふん……それが今、実行できなかったということは――ハッタリだろう?
貴様にそんな力はない! 魔王の力がどれほどかと思ったが――この私一人、殺せもしないくせに……夢だけは、やたらと大きいな」
私は壁に打ち付けられたまま、首を掴まれて宙に浮いている。
この状況で、見下すように声を張り上げるなど――他人から見たら、滑稽そのものだろう。
だが、それでもいい。
【目撃護】の影響で、魔力は残りわずか。
時間も魔力も、もう底をつきかけている……【氷の剣】すら、出せないほどに。
――だが。こうして怒らせていれば、きっとどこかに“隙”が生まれるはずだ。
それを、掴むためなら――なんだってしてやる!
「お前たちは何も知らぬくせに……ベラベラ、ベラベラ、ベラベラと!
地上にお前たちがのさばっていられるのも、すべて――魔神様のご意思によるものだ!!」
魔王の腕に、さらに力が込められる。
背中越しに伝わる壁の感触が軋み、パキパキと音を立ててヒビが走り出す。
「フッ……ならば、それこそ貴様は愚かだな。
――魔神の意思に“背く”行動を取るのか?」
その一言が、明らかに――決め手になった。
「ーーーーーーーーー」
魔王メイトは、言葉を失った。
怒りの感情が強すぎて、もはや言葉にすらならない。
ただ、紋章が浮かび上がるその眼で――私を、見据えていた。
そして、拳を……静かに、振り上げる。
“これは……やばいッ!”
空気が、圧し潰される。
精神が、直感的に危険信号を出す。
これまでの攻撃とは違う。
これは、“本気”だ。
もしかすると……いや、今回ばかりは――本当に殺されるかもしれない。
代表騎士になってから、これほどの“殺気”を感じたのは初めてだった。
これが、魔王の――
【怒り】というものなのか。
……だが!!
「今です!」
「……クルッポー」
「ーーーーーーーーーッ!!」
視界の端で、脱ぎ捨てたローブを身にまとったヒロユキ殿の姿が閃く。
怒りで能力コントロールもずさんになっているのは見抜いていた。
流石勇者だ、ローブが魔眼の呪縛から解かれたのを見計らいベストタイミングで仕掛けた。
――完全に同じ手法だ。
最初とまったく同じ角度、同じ軌道。
あのときと違うのは――“魔王が怒りで冷静さを失っている”という一点のみ。
「ッッグ!」
鋭い閃光が、メイトの顔を横切った。
――ヒロユキのベルドリの爪が、
魔王メイトの頬を――切り裂いた。