コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
白兎堂のお婆さんに連れていかれたのは、少し離れた場所にある小さな建物だった。
たくさんの服や布が整頓されていたが、その奥には巨大で異質な存在があった。
――2メートルの、ガルルンのぬいぐるみ!!
「でかっ!!」
「あらあら。ご注文通りですよ?」
お婆さんは、にこやかにそう言った。
考えるのと目にするのとでは、やはり印象が違う。それを見越しての台詞だろう。
……それにしても大きいなー。
……それにしてもキモカワイイなー。
……いや、この大きさとキモカワイイの両軸で、何だか凄くエンターテイメント性を感じるなー……。
「すいません、ちょっと触ってみても良いですか?」
「はい、どうぞ。
お代はもう頂いていますので、お好きなようになさってください」
「え、好きなように……?
それでは失礼して――」
ぼふっ!!
ここは迷わず、私の身体よりも大きなぬいぐるみに飛び込むしかないッ!!
……うん、ふかふか!
腕に力を込めても、良い感じの抵抗を伴いながら軽く沈んでいく。
お婆さんが見ているから、あまりはっちゃけたことはできないけど……軽くパンチを入れてみても、なかなか気持ちが良い。
これなら、日頃のストレス発散にしっかりと使っていけそうだ。
そんなことを思いながら、ぬいぐるみから身体を離して、改めて上を仰いで見る。
――うん、でかい!
最初は自分の部屋に置いておこうと思ったけど、想像以上に大きいから……どうしたものか。
アイテムボックスとか、お屋敷の使っていない部屋とか、しまっておく場所は充分にあるんだけど――
……でもこんなに立派なものなら、人の目に触れるところに置いておきたいよね?
そうなると工房に置いていても意味は無いし、それならあとは――
……お店?
ふむ、それはそれでなかなか……!!
「アイナさん、いかがですか?
手直ししたいところがあれば、すぐに対応しますよ」
「いえいえ! とても素敵な感じになっているので、このままで大丈夫です!
それにしても、こんなに大きいものをありがとうございました」
「うふふ、なかなか無いお仕事だから楽しかったですよ♪
ところで、独特な感じのキャラクターですよね。これはアイナさんが考えたんですか?」
「いえ。これは、ガルーナ村というところのセシリアちゃん、っていう子が考えたものなんです」
「ガルーナ村……。
確か先日、疫病が発生したっていう……」
「はい。私も少し滞在していたんですけど、復興するにはまだ時間は掛かりそうで……」
疫病がガルーナ村に残した傷跡は大きい。
そういえば、最近ガルーナ村はどうなっているのかな?
ジェラードの話によれば、王都からたくさんの兵士が派遣されていたらしい。
それは『疫病のダンジョン・コア』を探すのが目的だったらしいんだけど、もう諦めてくれているのかな……?
「やっぱり大変ですよね。私も、何かできることは無いかしら……。
……さて、それではアイナさん。この大きさですけど、アイテムボックスには入れられますか?」
「はい、やってみますね。えいっ」
ヒュンッ
収納スキルを使うと、2メートルの巨体は一瞬にしてアイテムボックスの中に消えていった。
こんな大きさのものを入れるのは、実は初めてだったかもしれない。
「わぁ、凄い。
大きいものをしまっちゃえるなんて、本当に便利ですね」
「はい、本当に!」
便利すぎて、もしも持っていなかったら……と考えると、少し恐ろしくなってしまう。
ここは神様のナイスなチョイスに、しみじみと感謝をしておこう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
白兎堂に戻ると、エミリアさんとバーバラさんが引き続き服の話で盛り上がっていた。
テーブルの上には伝票のようなものがあるから、注文自体は終わったのだろう。
「ただいま戻りました」
「アイナさん、お帰りなさい! 服の注文は終わりましたよ~♪」
「おー。どんな感じにしたんですか?」
「えへへ、それはあとのお楽しみということで!
折角なので、ふんだんにふりふりしておきました♪」
おお……。
私が超えられなかった壁を……超えようともしなかった壁を、エミリアさんは易々と超えてくるなぁ……。
「それでは、楽しみにしておきます!
用事も済んだようだし、そろそろ行きますか?」
「そうですね、そうしましょう。
バーバラさん、よろしくお願いしますね!」
「はい、楽しみに待っていてください♪」
私とエミリアさんは挨拶をしたあと、白兎堂の外に出た。
「服を作るなんて久し振りだから、わくわくしちゃいます♪」
「たまにはこういうのも良いですよね。
非日常感というか、完成を待つ時間も特別っていうか」
「ですよね、分かります!
ところでアイナさん。ぬいぐるみの方はどうでしたか?」
「はい、ちゃんと受け取ってきましたよ!」
「見せてください!」
……あ。エミリアさんには、ぬいぐるみが2メートルもあるって言ってなかったっけ?
さすがに、外で出すわけにもいかないからなぁ……。
「すいません、ちょっとここではワケがあって出せないんです……!
お屋敷に戻ってからお見せしますね」
「ワケ……? わ、分かりました……?」
折角なので驚かせようと思い、大きさのことはまだ伏せておくことにした。
ふふふ、あとで度肝を抜かすが良い。
「さて、次は冒険者ギルドに行っても良いですか?」
「あれ、珍しいですね。急にどうしたんですか?」
「ガルーナ村から、ガルルンの置物が届いていないかな……と思いまして。
少し時間が経ちましたし、確認をしておきたいんです」
「おー、了解です! 今日はガルルン祭りですね!」
ガルルン祭り……、何だか良い響きだ。
いつの日か、どこかの場所で奇祭として催してみたいかもしれない……っ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドに行って確認すると、ガルルンの置物が40個届いていた。
以前11個を受け取っていたので、これで大体半分ということになる。
……思い返してみれば、全部で100個というのは、少し多過ぎたかな……?
元々は売るつもりで注文したのに、結局今のところ、全然売ろうとしていないし。
「うーん、40個ですか……。
早く見たいですけど、これもお屋敷に戻ってからですね」
「そうですね、たくさんありますし。
でもまぁ、1つくらいなら開けてみましょうか」
そう言いながら、何となく一番近くにあった包みを開けてみる。
中からは、オーソドックスなポーズと、平均的な大きさをしたガルルンが現れた。
しかしやたらと磨きが掛かっており、今までに見てきたものよりもツヤツヤしている。
「あはは、アイナさんってこういう小技が好きですよね♪」
「ああー、そういえばこんな注文もした気がします……。
時間を空けると客観視しちゃうというか、新鮮な目で見れるから面白いですね」
「あのときは、一気に100個の話をしていましたからね。
……あれ? お手紙がありますね」
エミリアさんが、他の包みに貼り付けられた封筒に気が付いた。
「本当だ。
んー、そろそろお昼の時間ですし、そのときに読んでみましょうか」
「そうですね……っていうか、もうそんな時間ですか!
うぅ、今日は時間が経つのが早いです……」
「確かに!」
楽しい時間は、過ぎるのが早いものだ。
それは嬉しいような、寂しいような。……何だかちょっと、不思議な気分。