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その日は、リッケンシルト王国の王子リーベルの誕生日だった。
故に昼間には、王都の表通りを祝賀パレードが催された。
通りの両側に詰め掛けた王都住民らの祝いの声を受けながら、王子を乗せた馬車が護衛の一団と共に移動する。
リッケンシルト王族のシンボルカラーである赤い車体、天井のないオープンタイプの四頭引きの馬車。茶色い長い髪の爽やかな青年王子は、手を振る民に手を振り返している。
その姿を沿道から見つめながら、慧太は皮肉げに笑んだ。
「こうやって見ると、人気はありそうだな、王子様は」
「何です?」
ユウラが隣から聞き返した。周りでは「リッケンシルト万歳」やら「リーベル王子」の名を連呼している民の声で少々うるさかった。
「民衆からは好かれているみたいだって言ったんだ!」
「未来の王様ですからね! その誕生日を祝わないと、将来どんなしっぺ返しくらうかわかったものじゃありませんから、そりゃ祝いますよ」
「王子が聞いたら、さぞご機嫌になるだろうな!」
慧太は皮肉るのである。ユウラはご機嫌とりなんて言ったが、詰め掛けている民の、特に若い女性からの黄色い歓声はそれとは別に思えてならない。
「くそ、どこの世界でもイケメンって奴はモテるんだな」
「加えて王子様ですからね。外面よし、権力、お金持ちの三拍子。これでモテないほうが逆にかわいそうですよ」
「そういう評価は初めて聞いたな」
慧太は鼻で笑うのである。
詰め掛けた人々を尻目に、王子の馬車と護衛、その一行とは逆方向へ歩き出す。
「だが知ってるか、ユウラ? あの王子は女たらしで、女なら身分関係なく摘んでるらしい」
「慧太くん」と、ユウラは呆れ顔になった。
「それは僻みが過ぎるのでは――」
「おいおい、オレが言ったんじゃないぞ? 町の若い衆から聞いたんだ」
慧太は眉をひそめる。
「しかもそれを裏付けるようだが、あの王子はな、今朝、セラの太ももに触ろうとした」
「何でそんなことをあなたが知ってるんです?」
「セラのそばに、分身体を置いてるからな」
小分身――例の子狐型だ。セラに何かあると困るので、彼女の周りを監視している。そのあたり、抜かりはない。
「今夜、王子殿下の生誕パーティーが宮殿で開かれる。リッケンシルトの貴族や大物商人が招待されてる」
「それに忍び込む」
ユウラが頷けば、慧太は立ち止まり、王子の一行が通り過ぎ、解散していく民衆を見やる。
「セラは王子の意思を確かめる。それ次第でオレたちの今後も変わるが……気がかりが一つ」
「王子がパーティーの会場で、セラ姫との婚約を発表すること」
「そう、セラの意思を無視してな」
一度、公の場で口から出たことを、即否定するのは相手の面子を潰す大問題。それは今後の付き合いにも影響するが……とかく立場が強いほうがやりがちな強硬手段とも言える。
現在、他国に援助を求める立場であるセラ――アルゲナムだと、なおのこと逆らい難い事態だ。セラが難色を示した際、事後承諾という形に持っていくこともできるということだ。
「人の弱みに付け込むみたいでオレは嫌いだけど」
「政治なんて、そういうものでしょう」
ユウラは達観するのである。嫌だねぇ、と慧太は心の中で呟いた。
「まあ、そうなったらオレたちが乗り込んで、婚約どころじゃ済まないようにしてやるけどな」
「……凄く楽しそうな顔で言うんですね」
「オレの知る物語において、『お姫様ってのはさらわれる』もんだ」
慧太はニヤリと笑った。
・ ・ ・
日が傾く。ハイムヴァー宮殿の通路もオレンジ色に染まる空が見える中、アーミラ・シャリナ・リッケンシルト王女は、侍女を連れて、とある部屋へと歩を進めていた。
今年十三歳の姫は、背は低く、その胸も女性らしい発育が見られたばかりであるが、背中にまで伸びる亜麻色の髪は煌くように美しかった。パーティー用の赤いドレスをまとい、ティアラやネックレスで飾り立てた少女の姿は、幼い顔立ちながら王女としての気品に溢れていた。
目的の部屋に到着する。侍女に合図すれば、主に代わり扉をノックする。
『はい』
中から、麗しい女性の声。侍女が答える最中、アーミラ姫は感激に身を振るわせる。
――ああ、セラフィナお姉様……!
幼い頃からの憧れでもあった。
アルゲナム国の姫であるセラフィナ。
歳はやや離れているが、セラとの付き合いで言えば、兄のリーベルよりも親しいと自負している。
優しく、気高く、何より美しい――セラが宮殿にいると聞いて、初日から彼女の元に参じたアーミラであったが、当のセラはどこか暗かった。
長旅で疲れているのだろうと思ったアーミラだったが、昨夜、兄がセラに求婚したと聞き、それで戸惑われてたのではないかと思った。……恥かしい話、兄が女性と見ればちょっかいを出すという悪癖を知っている身としては、セラが気を悪くしたのではないかと心配だったのだ。
だが朝食でお会いした時は、顔色もよくなられていて、ああ疲れていただけなのだ、とアーミラは感じた。
アーミラはセラが大好きだった。だから兄が彼女と結婚すれば、それはセラが姉になるということで嬉しくもあった。ただ兄には悪癖があるので、これはアーミラとしても注意せねばならないと考えている。
兄とセラ、どちらをとるかと言われれれば、アーミラは迷わずセラをとる。それほど、アルゲナムの戦乙女に心酔していたのである。
侍女が扉を開き、アーミラは、セラがいる部屋へと入る。
「失礼いたします」
本来、自分の家でもある宮殿でそれを言うのも、不思議なものだが外国の王族ともなれば挨拶も礼儀である。
思わず息を呑む。
セラフィナ姫は、白銀のドレス姿だった。
衣装はリッケンシルト国で用意したものだが、その煌くドレスは、聖アルゲナムから取り寄せたといっても信じるほど、彼女に似合っていた。
――兄様、素晴らしい仕事です!
内心で、ぐっと拳を握ったアーミラである。まるでこの時のために用意したかのように合っているドレス――この時ばかりは手配した兄リーベルを褒めなくてはならないだろう。
「セラフィナ姉様……とてもよくお似合いですっ!」
はしたないと言われるかもしれないが、アーミラは声を弾ませた。
金剛石をちりばめたドレスは、光に反射してキラキラと輝いていた。
長く清らかな銀髪の頂に乗るティアラも、深い青色のサファイアがはめ込まれている。
透き通るような白い肌、うっすらと化粧されているが自然に整えられていて、素の美しさが際立たせている。
首にかかる銀色のネックレス――ああ、これは普段からセラが身に付けているものだと、アーミラは気づいた。
「アーミラ?」
セラが小首をかしげた。
そのわずかに傾けた顔、仕草はゆったりとしていて、優雅で可憐。同性ながら、アーミラはうっとりとしてしまうのである。
「お迎えにあがりました、セラフィナ姉様……いえ、セラフィナ様」
アーミラはドレスのすそを軽くつまんで、淑女らしい礼をとった。
「どうぞ、宴の準備は整っております。わたくしが案内を務めますので、ご一緒に参りましょう」
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