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あれから優斗はめっきり大人しくなった。

社内で会うことはないけど人づてに聞いた話では、部署内で肩身の狭い思いをしているようだ。

私との婚約破棄の噂が格好のネタになっていることが原因みたいだけど、それは私にも少なからず影響があった。話したこともない社内の人からひそひそ噂されたりしているから。

特に千秋さんが私と付き合ってる宣言したときにその場にいた人たちからは、私が浮気して優斗を捨てたと思っている人もいるらしい。


それでも噂に過ぎないのだから、私は堂々としていればいいだけ。

好奇の目で見られることも最初だけだろう。他人の噂話なんて一時的なものだから。


「と言いつつ、結構ダメージ受けてるわね」


居酒屋で3杯目のビールを飲み干したところで美玲に言われた。


金曜日の午後、久しぶりに美玲と飲みに来たのは、やはり私が愚痴をこぼしたかったからだ。美玲は無事別れたお祝いの飲みだと言って誘ってくれたけど、私はビールを飲み始めてからずっと愚痴っている。


「みんな暇なのかしら?」

「他人の噂話って話題のネタになるからねえ。あんまり仲良くない同僚とも噂話をネタにすると盛り上がるしね」

「私をネタにしないでほしいわ」


私がビールジョッキを片手に持っていると、美玲が自分のグラスをかちんと当てて言った。


「とりあえずお疲れ! 無事に山内くんから解放されてよかったよ」

「ありがと」

「山内くん、たぶん異動になると思うんだよね。そんな話をちらっと聞いたの」

「美玲、詳しいね。どこに異動するんだろ?」

「系列会社に出向って話よ。といっても何かのプロジェクトを任されるわけじゃなくて、今より作業量の少ない部署なんですって」

「それって左遷?」

「まあ、本人やる気ないし、遅刻ばかりで最近は休みがちだしね」

「……そっか」


正直、優斗にここまでダメージを受けてほしいわけじゃなかった。ただ無事に別れられればそれでよかったのに、ちょっと複雑な気分。


「紗那が気にすることなんてないわよ。山内くんが仕事できないのは今に始まったことじゃないのよ」

「そうなんだ?」

「あなた知らなかったの? あの子、結構周囲に迷惑かけてたのよ。だから、彼の左遷は紗那の件とは別物と思えばいいわ」

「ありがとう」


もういいんだ。彼のことで悩まなくても。

あの家のことも少し気になっていたけど、もう関係ない。

私はやっと解放されたんだ。


「で、紗那は月見里さんとはどうなの?」

「え? どうって……」


急にその話題に触れられて思わずビールを飲む手を止めた。

美玲は半眼で私を見つめて口もとだけは笑みを浮かべながら話す。


「彼、公の場で交際宣言したでしょ」

「あー、あれは優斗から庇ってくれるためにわざと」

「本人は本気だと思うわよ。でなきゃ、周囲の前でそんなこと言えないわよ」

「そう、だよね」


もうずっと付き合わないかって言われてること、美玲に話したほうがいいかな?


「まあ、急にそんな気にはなれないか。元カレと苦労して別れたばかりだしね。不安だってあるよね」


美玲のその言葉に少し安堵してしまった。

そう、私は正直怖いと思っている。

千秋さんはあんなに優しい人なのに、彼も付き合ったら豹変するんじゃないかって思ってしまっている。


「失礼だと思うんだけど、今は男の人とどうにかなりたいって思わないかも」


どう返答すべきか少し迷って、そんなことを口にした。


彼に惹かれていることは自覚している。だけどそれだけで付き合う気にはなれない。私にはもう少し時間が必要なのかもしれない。


「いいのよ。紗那はまず心を休めることが必要だわ。せっかく自由の身になったんだから、思いきりひとりを謳歌して、それから考えてみてもいいんじゃない?」


そういえば、ひとりを謳歌するなんて大学以来だ。

実家暮らしのときは母親、そのあとは優斗とずっと誰かの世話をし続けてきたから。自分のために生きるなんて考えたこともなかった。


「そのあいだに彼に別の相手ができるかも」


なんて冗談で言ってみたら、美玲が呆気にとられた顔で「ないない」と手を横に振った。


「彼、紗那にベタ惚れみたいだから、そう簡単に逃げたりしないわよ」

「ええ? そんなことないよ」

「紗那はわかってないなー」


美玲はくすくす笑って料理に箸を伸ばした。

テーブルには海鮮サラダにサーモンの生春巻き、グリルチキンの香草焼きやカレー風味のコロッケなどが並ぶ。


「さ、食べよ。ここの料理は美味しいのよ」

「うん」


美玲は小皿にサラダを取り分けて私にくれた。


「美玲、あの……ありがとね、いろいろ」

「なぁに? 急に」

「だって美玲がいなかったら私、会社にいられなくなっていたかも」

「あたしは紗那の一番の理解者よ。なんでも相談して」

「うん」


美玲も私と同じ、家族のことで苦労して育ったから気持ちをわかってくれる。こんなにいい同僚に出会えて私は幸せだと思う。


店を出たのは21時過ぎた頃だった。美玲がスマホを見つめながら「まだ時間早いね」と言った。

確かに明日は休みだから、もう少し遊んでいたい気分はある。


「ねえ紗那、酔い覚ましにコーヒー飲まない? デザートも一緒に」

「ふふっ、いいね。パフェが食べたい」

「やだ、あなたまだ食べる気?」

「食欲わいちゃって」

「いいことよ。いっぱい食べて全部忘れよ」


もうぜんぶ終わったんだ。社内で多少噂になっても、時間が解決してくれる。私はもう深く悩むことはないんだと、思っていた。


だけど、私はこの日、とんでもないものを見てしまった。

視線の先にちらりと見知った人物がいた。一瞬目をそらしたあと、驚いて二度見してしまった。


きらびやかな路地裏に入っていくのは千秋さんとひとりの女性。

目を疑って何度も確認するように凝視したけど、高身長ですらりとした体格に間近で何度も見た顔は間違えるわけがない。


そして、相手の女性は乃愛だった。


「紗那、どうしたの?」

「え……あ、うん」

「何見て……え?」


美玲もわかったらしい。千秋さんの姿を目にした瞬間低い声を洩らした。

乃愛は満面の笑みを千秋さんに向けながら、彼にくっつくようにして歩いている。千秋さんはいつもの冷静な様子で穏やかな笑みを浮かべながら乃愛の歩幅に合わせている。


「あれ、派遣の子でしょ? どうして月見里さんとあの子が一緒にいるの? いやいや、おかしいでしょ。紗那と交際宣言して別の女と一緒にいるって」

「どうなんだろね。私のほうが演技かもしれないよ」


私は動揺しすぎて鼓動がどくどく鳴り響き、なんとか平静を装って声を発した。


「だって、なんであの子なのよ。紗那を苦しめたのに」

「あーたぶん、彼はあの子が優斗の浮気相手だって知らないかも」


乃愛の話はしたけれど、証拠写真は川喜多さんに直接送ったし、千秋さんは顔を知らない気がする。


「だとしても! 紗那に好意を寄せているようなそぶりを見せながらおかしいでしょ」


美玲は怒りの形相でふたりのあとを追いかけようとする。それを私が制止した。


「ちょっと美玲」

「抗議してやるわ」

「待って待って! 何か理由があるのかも」


次の瞬間、ふたりはホテルに入っていった。

それを見た私たちは放心状態で、しばらく硬直していた。

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