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ざわつく繁華街はきらびやかで、まるで私たちだけ別世界にいるように固まっていた。やがて美玲が私に顔を向けて、静かに疑問を口にした。


「男女が揃ってホテルに入って、他に何の理由があるっていうの?」

「……うん」


私はまだ信じれない。だけど、意外と驚くべきことでもないのかもしれないと冷静に頭が働いている。

だって彼が付き合っていない女とそういう関係になれることは、私自身がよく知っているから。


そっか。そっかあ……。

千秋さん、誰でも抱けるんだ。

5年間付き合ってる人がいないって言ってたのは、特定の恋人がいないってだけで、ちゃんとそういう相手はいたんだ。


「別にいいんじゃないかな」

「え? 紗那あんた何言って……」

「だって、恋人とは限らないよ。割り切った関係かもしれないでしょ。私との交際宣言だって演技だし」


そう、あれは優斗から守ってくれるためにわざとそう言っただけ。


「恋人がいないなら浮気にもならないし、問題ないよ」

「紗那、本気で言ってる?」

「……うん」


なんとか笑顔を取り繕って言った。今が夜でよかった。私の顔色はあんまり見えないだろうから。

あまりにも動揺しすぎて、私はもう何も考えたくなかった。


「ごめん、ちょっと疲れちゃった。パフェはまた今度でもいい?」

「紗那、あんたやっぱり無理して……」

「ううん、大丈夫。ごめんね、美玲」

「タクシー呼ぶ?」

「平気。すぐ電車に乗るから」


私は心配してくれる美玲を残して、その場を去った。

千秋さんと乃愛のいる空間から一刻も早く逃げたかったから。


混雑した電車内で立ったまま、私は外の景色を眺めてふと思った。


そういえば私は彼と何回寝たっけ?

あれは眠れない私への添い寝のつもりだったのかもしれない。


ああ……私、バカだなあ。

少しでも、自分が彼の特別になれた気になっていた。

自惚れてしまった。


やっぱり、付き合う前でよかった。

大丈夫。これからは、ひとりでやっていける。

千秋さんは悪くない。私をいっぱい元気づけてくれた。

だから、これ以上を望んではだめ。


それなのに、私は頭の中でどうにか彼を責める理由を探ろうとしている。


よりによって、どうして乃愛なの!?



あれから私は頭に靄がかかったような感じで、うまく頭が働かなくなった。ここ数日はほとんど眠れていない。

千秋さんからメッセージが来たけど、疲れているからとやんわり返事をして、それから連絡を取っていない。


以前の私ならすぐ彼に甘えてしまっていただろう。

けれど、そんな気になれなかった。


私は仕事でミスが続いて、上司に呼び出されることになった。


「石巻さん、最近どうしたんだ? 君らしくないよ」

「すみません、気をつけます」

「体調が優れないなら休養とってもいいんだよ」

「大丈夫ですから。頑張りますから」


こんなことで仕事を休むなんてしたくない。

それこそ社内で変な噂がついて回っているのに、今休んだらなんて言われるかたまったものじゃない。

せっかく時間が解決してくれると思ったのに、そう簡単にはいかないみたいだ。


「実は君の噂も耳にしているんだ。部署の空気が少々乱れていてね」


上司は困惑の表情でそう言った。

私はただ謝るしかなかった。


「本当にすみません」


こうして私は大事な案件から外されてしまうことになった。これから仕事を頑張ろうと思っていた矢先にこんなことになるなんて思いもしなかった。


お昼休みにトイレに行くと女子社員のひそひそ話が聞こえてきた。

私の話題だとすぐにわかり、トイレの前で立ち止まる。


「石巻さん、プロジェクトから降ろされたらしいわよ。代わりに一つ上の先輩社員が引き継ぐんでしょ」

「それ知ってる。その彼が自慢げに話してたもん。石巻さんに勝ったとか言ってダッサ」

「ほんと。まあでも石巻さんもなんか偉そうだったしね。私仕事できますオーラ出しまくって可愛げがないっていうの?」

「わかる。あれじゃ浮気されても仕方ないよね。どうせプライベートでも偉そうにして男を萎えさせてたんじゃないの?」

「やだ。言い過ぎー」


きゃっきゃと他人の悪口ではしゃぐ女子社員たちの声を聞きながら、私はそっとその場を立ち去った。


ああ、会社には敵しかいないんだ。全員が私を咎めるような目で見ている気がしていたたまれない。

私はどこへ行けばいいんだろう?


家にいても憂鬱な気分だった。食欲がなくてほとんど食べていない。

たまに千秋さんからメッセージが来て食事の誘いがあるけど忙しいからと断っている。

千秋さんに、乃愛とはどんな関係なのか訊きたい気持ちと、知りたくない気持ちのあいだで私は揺れている。

もし本当に遊び相手だったら、私は彼のことをこれ以上受け入れられない。


「引っ越そうかな」


せっかく格安で貸してもらったマンションだけど、今は彼のそばにいたくない。

食事もせず、ただ床に腰を下ろしてぼうっとしていたら、インターフォンが鳴った。億劫な気持ちで確認したら千秋さんが立っていて、居留守を使おうか迷ったあげく、私はおずおずと顔を出した。


「こんばんは。えっと、何か……?」

「ああ。しばらく出張だから会っておこうかなと」

「そうですか。わざわざどうも」


私がそっけない態度で応じたせいか、千秋さんは少し遠慮がちに発言した。


「どうしたの? 元気ないね」


私は彼のその発言に少々苛立ってしまった。

誰のせいだと、思って……。


「そうですか? 元気ですよ」


私はどうにか笑顔で答えた。だけど千秋さんは怪訝な表情をしている。


「少しやつれていない?」


彼が手を伸ばしてきて私に触れようとしたので、思いきりその手を振り払ってしまった。


千秋さんは驚いて目をみはり、私に伸ばした手をゆっくり引っ込めた。


「あ、すみません」

「いや、こちらこそ。ごめん」


何の謝罪? 勝手に触ろうとしたこと?

それとも、他の女と関係を持ちながら私を慰めるために抱いたこと?


もう私の頭の中はぐちゃぐちゃで、冷静な思考が保てない。このままだと彼に八つ当たりしてしまいそうだ。


「最近、疲れがたまっていて……少し、ひとりになりたいんです」

「そうか」


あまりにあっさりした反応で、それが余計に私の心を虚しくした。

目頭が熱くなり、涙がこぼれそうになる寸前で、私は彼から顔を背けた。斜め下に視線をやりながら、早口で告げる。


「休暇を取ろうと思っています。ひとりでのんびり旅行でもしようと思って……」


とっさについた嘘だけど、それを聞いた千秋さんは意外とすんなり聞き入れた。


「それがいいね。ゆっくりするといい」


そんな言葉が聞きたいわけじゃないのに。

今は彼のその言葉はあまり優しいとは思えない。

だけどこれは私の身勝手な感情だから、どうにか堪えた。


「いろいろ、ありがとうございます。じゃあ、おやすみなさ……」

「紗那!」


私がぺこりとお辞儀をしたら、千秋さんが急に私を抱きしめた。

急なことでわけがわからなくなり、硬直した。


「何があった?」

「え? な、にも……」

「そんなことないだろう。会社で何かあったんじゃないか」

「ちょっと、ミスが多くて……案件から外されて……」

「それは、つらかったね」


説明をしていたら涙が出て止まらなくなってしまった。

そうしたら千秋さんが私を抱きしめたまま頭を撫でてくれた。


拒絶したいのにできなかった。


「一緒にいようか?」


彼が私の耳もとでそんなことを言ってどきりとした。

一緒にいてほしい。そばにいてほしい。だけど、他の女を抱いた手で抱かれたくない。


「……大丈夫です」

「ちゃんと寝ていないだろう。顔が死んでる」

「余計なお世話です」


私はどうにか明るく返した。

顔を上げると彼は本当に心配そうに私を見つめている。その表情を見ると、余計につらくて泣きたくなった。


「不安なことがあれば俺に言えばいい。話くらい聞くよ」


じゃあ、乃愛とはどういう関係ですか?


そんな質問、今はできない。

彼の返答次第で私の心は壊れてしまう。


「私、千秋さんのこと……」


好き。


ああ、好きなんだ。

私、いつの間に彼のこと……。



「ずっと感謝しています」

「あ、ああ……」


彼は拍子抜けしたような顔をした。

私はどうにか冷静に話す。


「少し心が落ち着いたら、いろいろ話したいと思います」

「そうだね。とりあえず今はゆっくり休んだほうがいい」

「はい。ありがとうございます」


私は涙を拭い、笑顔で彼に挨拶をした。


「じゃあ、明日は早いでしょう? 私も休みたいので」

「わかった」

「おやすみなさい」

「おやすみ」


千秋さんはまだ私に何か言いたいことがあるような顔をしていたけど、私のメンタルがもたないので、早々と帰ってもらった。

彼を見送ってから玄関ドアに鍵をかけると、私は力が抜けたようにその場にしゃがみ込んだ。


大丈夫、大丈夫。落ち着いて。

千秋さんは乃愛と付き合っているわけではないんだから。きっと知らずに関係を持っただけだ。もう少し私が冷静になれたら、乃愛のことを話そう。

千秋さんは何も悪くない。


何度も何度もそう言い聞かせるのに、涙が止まらなくて、私は玄関に座り込んだまま嗚咽を洩らしながら泣いた。

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