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その後、私たちは少し歩いてから古びた建物に入った。
そこはお店……というよりも、どちらかと言えばアパートのような場所。
左右に延々とドアが並ぶ廊下には飾り気が無く、どこか退廃的な印象すら覚えた。
たまに、どこかの部屋からくぐもった声が聞こえてくる。
「――まぁ、ここはそういう場所なんだけど……」
ジェラードは、少しバツの悪いように言った。
「ここまで来たからには、まぁ、はい……」
お店の前には娼婦風の女性が多くいたから、客引きをして、そういうことをする場所なのだろう。
本来なら男女同伴で入るようなところでは無いとは思うが、ジェラードが元締めの男性と話を付けていたので、簡単に足を踏み入れることが出来ていた。
ジェラード曰く、元締めの男性はファーディナンドさんの息のかかった人間……だということだ。
「……確かに、なかなか入れない場所ですよね……」
「そうですよね、特に地位のある人なんかは――」
そう言いながら後ろのエミリアさんを振り返ってみると、顔を赤らめながら、少し震えていた。
気持ちは察することが出来たので、とりあえず軽く手を握ってあげることにする。
「あ……。あ、あの、すいません……」
露出の高い服を着た、純情な性格の少女に、私も何だかおかしな気持ちになってくる。
「大丈夫ですよ。でも、私も場酔いしてきました……」
「……そうですね、
同感です……。少し休憩したい気分……」
「あはは。二人とも、こんなところで休憩したいなんて言ったら――」
「もちろんそういう意味じゃないですよ!?」
「ご、ごめんっ!?」
ジェラードのツッコミだかボケだか分からない言葉にまた少し酔わされて、私たちは引き続き、お店の奥へと進んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やぁ、いらっしゃい。
……これはこれは、アイナさん。見違えたね」
とある部屋に入ると、聞き覚えのある男性の声に迎えられた。
その男性は上半身を軽く|肌蹴《はだけ》させており、近くに一人の若い少女を|侍《はべ》らせている。
「ファーディナンドさん……?
ああ、すいません。お邪魔しました?」
「おいおい、私と話をしに来たんだろう?」
「そうなんですけど、お楽しみ中だったようで……」
「うん? もしかしてこの子のことかな?
そういうことはしていないから、安心してくれ」
「まさか、見る専……?」
「ははは、違う違う。こんなところに男が一人でいたら、怪しまれるだろう?
それを誤魔化すために、ここにいてもらっているんだ。この子は昔、うちの屋敷にいたんだけど……、耳が聴こえなくなってしまっていてね」
ファーディナンドさんが少女の肩を軽く叩くと、彼女は私たちにお辞儀をしてくれた。
「うーん、なるほど……?
彼女は何も聞こえないから、ここで話しても大丈夫……ということですか」
「そういうことだ。
部屋の壁には音声遮断の魔法も掛けているから、隣で聞き耳を立てていても聞くことはできないぞ」
「凄い! そんな魔法もあるんですね」
「グランベル家は魔法の権威だからな。
ただ、盗聴の魔法を使われるとまた違ってくるのだが――」
盗聴の魔法と言えば、シェリルさんの部屋に掛けられていたものだ。
確かあの魔法って、どこかに魔力の供給元があるんだっけ? 音声遮断の魔法とは根本的なところで仕組みが違うのだろう。
「状況は分かりました。
お会いできて光栄です、ファーディナンドさん」
「うん、今日は来てくれてありがとう。
どうにも監視の目が強くてね。こんなところまで、ご足労頂くことになってしまった」
「まったくです。おかげでこんな格好をさせられましたよ……!」
「いや、なかなか似合っているんじゃないかな?
後ろのアンジェリカさんも、先日とはずいぶんと違う印象だね」
「はぅ……」
エミリアさんはまた顔を赤らめて、縮こまってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて……。狭くて申し訳ないが、アイナさんはこちらで話をしよう。
アンジェリカさんとブライアンさんは、イルナと遊んでやってくれるかな?」
イルナというのは、先ほどお辞儀をしてくれた、耳の聴こえない少女の名前のようだ。
彼女はお手玉のような小さい遊び道具を持ってきて、早速エミリアさんとジェラードに押し付けていた。
「……何だか、可愛らしい子ですね」
「ああ、まったくな。
しかしうちの屋敷に仕えていたときに、耳を悪くさせてしまってね……。申し訳ないことをしたものだ……」
「悪く……させてしまった? もしかして、虐待みたいな……」
「ふむ……。アイナさんはもう、どこからか聞き及んでいるようだな。
グランベル公爵……私の弟のハルムートには、気に入った少女への虐待癖があってね……」
「イルナさんも……なんですか? 私の知る限り、これでもう3人目ですけど……」
「シェリルとイルナの他にも、誰か心当たりがあるのかね?」
「はい。キャスリーンさんという方をご存知ですか?」
「……ああ。
私が以前、|暇《いとま》を出した子だが……」
「そうだったんですか?
今はうちのお屋敷で働いているんです。身体中が傷だらけで、最初は驚いてしまいました」
私の言葉を聞くと、ファーディナンドさんは驚いた表情を浮かべてから、落ち着くように深呼吸をした。
「……そうか。
それなりの金は渡したんだが、キャスリーンはまたメイドをやっているのか……」
「ファーディナンドさんは、キャスリーンさんを助けてくれた……んですか?」
「助けられたかどうか、それは私には分からないのだが――」
……話を聞けば、グランベル公爵は気に入った少女を見つけると、自分専属の使用人にすることがあるらしかった。
屋敷にいる間は|何時《いつ》いかなるときも近くに置いておき、様々なことを要求するのだという。
そんな中、身体や精神を壊してしまい、日常に戻ることを難しくさせた例がいくつもあるとのことだった。
「……確かにキャスリーンさん、最初は変でした。
会って早々、『私を自由にして良い』なんて言い始めたんですよ?」
「彼女は、心の方も少し壊してしまっていたからね……。
ハルムートがいない間に、私が勝手に暇を出したんだ。他にもう一人、サポートを付けていたんだが……あいつはどうしたのかな……」
『あいつ』というのが誰かは分からないけど、単純にお屋敷から放り出したわけでは無いらしい。
出来ることは全部やっている……私にはそんな印象が感じられた。
「……ファーディナンドさんは、色々とやってくださっていたんですね。
キャスリーンさん、今は笑ってくれるようになったんですよ。心の深いところはまだ分かりませんけど……」
「そうか、それは私からも礼を言わせてもらおう。
ありがとう。心のつっかえが、1つだけ軽くなったよ」
『無くなった』とは言わないところに、ファーディナンドさんの優しさを感じることができた。
ファーディナンドさん自身は悪くないものの、それでもこれから、その責任を心に刻んでおいてくれるのだろう。
「ところで、ヴィオラさん――
……いえ、シェリルさんはどうなったんですか?」
「ああ、そっちは問題ないぞ。心配を掛けて、申し訳ない」
「……と、言いますと?」
「シェリルを押さえつけていた者は、みんな私の息が掛かった使用人なんだ。
あそこまで|大事《おおごと》になってしまうと、ハルムート派の連中も目にしてしまうから……。まぁ、『ポーズ』というやつだな」
「そうだったんですか。それは良かった……」
なるほど、敵意が無いなら一安心だ。
押さえつけられたのは、あれはあれで痛そうではあったけど。
「――ただし、説教は3時間したぞ」
「……それも、ポーズなんですよね?」
「ははは、どうだかな!」
私の言葉に、大声で笑うファーディナンドさん。
つらい軟禁生活でも、この人が近くにいるのであれば、幾分かはマシなのかもしれない。
「ちなみに、イルナさんはどういった経緯でここにいるんですか?」
「ああ……。彼女はハルムートに直接怪我をさせられて、聴力を失ったんだ。
さすがにそこまでいくとハルムート自身も興味を失ったようで、直々に暇を出したんだよ」
「酷いですね……。それで、こんな場所に?」
「ん、これはちょっと違ってだな……。
イルナには屋敷から出るときに、それなりの金を渡したんだ」
「ファーディナンドさんから、ですか?」
「うむ、まぁ……私の裁量が及ぶ範囲でな。
だから、本当ならイルナはこんなところで働かなくても良いんだが――
……どうも、私は好かれてしまったようでな」
「ふえぇ……、ロリ……」
「誤解はしないで欲しいんだが、私はこんな若い子供には手を出さないからな……?」
「……あ、はい。ですよね、大丈夫です、信じてました」
「それは助かる……。それでな、イルナは私の役に立ちたいと言うんだ。
私は私で、外での動きにかなり制限が加えられているから、こういう形で協力をしてもらっているんだよ」
「なるほど……」
……話を聞く限り、ファーディナンドさんはみんなを助けてくれていたようだ。
となると、憎きはグランベル公爵……という感じで良いのかな?
うん。それなら簡潔で、とっても分かりやすい。