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怪しげなお店の一室で、私とファーディナンドさんの話は進んでいった。
ファーディナンドさんは思いのほか、ぺらぺらと話をしてくれる気がするんだけど――
「……そんなに話しちゃっても、大丈夫なんですか?」
例えば、グランベル公爵の虐待癖だとか。
こんな噂が広まってしまえば、グランベル家のイメージダウンになりそうなものだけど……。
「まぁ、あまり吹聴されても困るんだが……。
しかし何より、ありのままを話した方がアイナさんの信用を得られると思ってね」
「はぁ……。
あ、何か作りたいものがあるなら、お気軽にご相談ください」
私の信用を得ることで利益になることがあるなら、それはきっと錬金術で作りたいものがあるのだろう。
しかしそう思った瞬間、それはあっさりと否定されてしまった。
「それはとても魅力的な話だが、そういうことでは無いんだ」
「……と、言いますと?」
「ふむ……。
それでは信用をある程度得られたという前提で、話を進めさせて頂こう」
ファーディナンドさんは姿勢を正すように座り直して、まっすぐに私に向かった。
「――アイナさんは、『ユニークスキル』というものをご存知かな?」
突然の言葉に、私は驚いた。
まさかこの場所で、その言葉が出てこようとは。
「……はい。存在自体は」
「まぁ、そういう答えになるとは思っていたが――
それではここだけの話ということで、続けさせてもらおう」
「え? はい」
「……シェリルは、魔法を自在に作り出すというユニークスキルを持っている……と、考えられている」
「へ、へぇーっ!?」
ヴィオラさんと会ったとき、誰にも言ったことは無いと聞いてはいたけど……。
いや、シェリルさんの実力を目にして、ユニークスキルの存在と紐付いてしまったのだろうか。
「ハルムートがシェリルに拷問をして、情報を引き出そうとしたんだが……それも叶わなくてね。
ああ、もちろん私はそんなやり方は止めたんだが……。
国王陛下の命令ということもあって、押し切られてしまって……」
「王様の?」
「うむ。国王陛下は、昔から様々な力を欲しておられる。
シェリルが作り出す魔法も、その内のひとつなんだ」
「そういえば、人殺しのための魔法を作らされそうになったって――」
そう言った瞬間、しまったと自分の口に手を当てる。
この話はヴィオラさんから、盗聴魔法が働いていないときに聞いたものだったのだ。
「……大丈夫だよ。
私はそこら辺の事情を、上手く推察できていると思うんだ」
ファーディナンドさんは、私に優しくそう語り掛けた。
「――それにね、シェリルがそこまでの話をするなんて本当に珍しいんだ。
ははは、今までは私しか話し相手がいなかったものでね……」
「でも……ファーディナンドさんがいたから、今まで我慢できていたんだと思いますよ」
正直、ヴィオラさんからは諦めのようなものが感じられたけど……しかし最後には、希望のようなものを見出してくれていた。
それは、私と話をしたからなのかもしれない。
でも、今までファーディナンドさんが支えてくれていたという事実も無視することは出来ないのだ。
「そう言ってもらえると、私も少しは報われるというものだ……。
……話を戻そう。一部の人間は、シェリルがユニークスキルを持っていると考えている」
「も、もし持っていたら……どうなるんですか?」
「シェリルの場合は協力を取り付けられないまま、かなりの時間が経ってしまったから――
……国王陛下は、もう諦め気味でな」
「でも、自由にする気は無いんですよね……?」
「ああ。もし他国にでも行かれて活躍されたらやっかいだからな……。
しかし命を奪うということもなかなか出来ないようだ。心変わりする可能性も、無くは無いのだし……」
ここら辺は、ジェラードからも聞いた気がする。
例えば恋人ができたときに、その人を盾にして言うことを聞かせる……とかね。
「……それで、何で突然……ユニークスキルの話に?」
「うん。まずはこの国で、ユニークスキル持ちの人間がどういう扱いを受けているのか、知っておいて欲しかったんだ。
シェリルはユニークスキルを持っているという前提で扱われてきた。
つまり、彼女を見ればその扱いが分かるということだ」
「はい……。
色々と聞かせて頂きましたので、把握はしたつもりです……」
私の返事を聞くと、ファーディナンドさんは少し間を空けてから言葉を続けた。
「ハルムートは恐らく察知していないが、国王陛下はアイナさんのことをユニークスキル持ちだと考えておられる」
「えっ!? ど、どうして!?」
「言っては何だが、アイナさんの作る物は目立つからな……。
辺境都市クレントスでも、同じ目に遭ったのではないかな?」
「うぇっ!? 何でそれを……!?」
「ははは、クレントスには文通仲間がいるのさ」
ファーディナンドさんは悪戯っぽく笑った。
「そ、そうなんですか? あんな遠いところに……」
「名前までは聞いていないが、旅の錬金術師に脚を治してもらったと喜んでいたぞ?」
「脚って……。もしかして、アイーシャさん……!?」
クレントスで偶然見かけた、脚の悪いお婆さん。
私がクレントスを発つときに、餞別として立派な杖をくれた人だ。
「その通りだ。彼女には昔、とても世話になっていてね……。
まぁここではその話は省略するが、とにかく彼女から聞いてはいるよ」
「なるほど、そうだったんですね……」
「いずれ機会があれば、クレントスにも戻ってみると良い。
ただ、やはり距離があるからな……。しかしそのときは、あの街もいろいろと変わっているはずだ」
「え? どういうことですか?」
「ふふふ、さすがにこれ以上は秘密だな」
「えぇー……?」
「……さて。国王陛下はアイナさんをユニークスキル持ちだと考えている。
その真否はここでは問わない。ただ、そのことだけは理解しておいてくれ」
「は、はい。分かりました……」
「そこで聞きたいんだ。
もしアイナさんが、ユニークスキル持ちだったらどうするのかを」
「どうするのか、と言いますと?」
「国王陛下は様々な力を集めて、機が熟したら他国への侵攻を考えておられる。
今は国王陛下に異を唱える者などいないから、決まってしまえば、とんとん拍子に話が進んでいってしまうだろう」
「つまり、戦争……ってことですよね?
あの、すいません。国際情勢ってどんな感じなんですか? そこら辺、私は疎くて」
外国の話なんて、『アリムタイト王国にはガラスの工芸品がある』くらいしか知らないのだ。
まるで無知な状態なので、ここは素直に聞くことにする。
「遠くの国のことを置いておけば、この20年くらいは平和なものだ。
しかし戦争が始まるというのであれば、国内でもいろいろと変化が起きていくだろう」
……私としては、平和な世界が良いんだけど。
「誰も傷付かないのが、一番良いですね……」
「そうだな、私も同感だ。
……しかしそうなると、国王陛下の言うことには逆らわないといけない。
逆らえば、シェリルの二の舞になってしまう……というわけだ」
「……な、なるほど……。難しい話です……」
「もちろんユニークスキルの力を使って、国王陛下と戦争に臨むのもひとつの選択肢だろう。
長期的に見れば王国は豊かになり、より多くの人が幸せになるかもしれない」
「でも、それはあくまでも勝ったときの……、可能性の話であって……。
それに、今を平和に暮らしている人に戦いを強要することになるわけで……」
「うむ、その通りだ。
しかしこればかりは価値観の違いだから、お互い擦り寄ることは出来ないだろう」
「……どうしたら良いんでしょう?」
「まぁ仮に、仮にだよ。
アイナさんが本当にユニークスキルを持っていたとしても、ただちに戦争が始まるということも無いはずだ。
考える時間はそれなりにあるはずだから、ゆっくり考えてくれれば良いんじゃないかな?」
「うーん……。
……そういえば、まるでもう持っているみたいに話が進んでますよね?
普通に考えれば、ユニークスキルなんて持っているわけが無いじゃないですか」
「おっと、これは失礼。決め付けは良く無いな!」
そう言いながら、大きな声で笑うファーディナンドさん。
何だかこの笑い声は、どこか安心をしてしまう。
「……ファーディナンドさんが一番話したかったのって、これだったんですか?」
シェリルさんとヴィオラさんを保護している関係で、私にも何か感じるところがあったのだろう。
同じ道を進む人間がいる。ならばその先に、どのような道があるのかを教えておこう……という心遣いか。
「ああ、そうだな。
あと、もうひとつあるんだが――」
「え? ……それは何でしょう?」
私の言葉に、ファーディナンドさんはしばらく迷っているようだったが、慎重に話を続けた。
「仮にアイナさんがユニークスキル持ちで、国王陛下に同調しないなら、という前提なんだが――」
「あはは。ずいぶん限定的な条件ですね?」
「そうだな……。
しかし、もしそんな未来が訪れるのだとしたら――」
シェリルを連れて、この国から逃げてくれないかな。
……私が言われたのは、そんな言葉だった。