もう疲労で頭が痛くてたまらない。ズキンズキンと、脈に合わせて血が流れる音までが痛みに聞こえる。
現在、朝から鳴り止まない通知をBGMに走り続け、すでに日が落ちた。
空腹に耐えきれず途中携帯していたゼリー飲料や、スティックタイプのプロテインバーを口に含みながらバイクで走り続けて、何時間が経過しただろう。
限界だ。
だが、倒れている患者の方が限界だろうと悲鳴をあげる腹を無視して、無理やり体を動かす。
医者である私が頑張らなくてはと、救急バックを握りしめ走る。
走って、治して、善悪関係無しに全員治して、時折自分に包帯を巻きながら、この過酷な時間が終わることを祈る。
お願いだから命を大切にしてくれ。
それかもう疲れたから、なにもしないでくれないかな。
逆にこっちが死にそうだ。
あまりの異常事態に個人医も増え始めた様で通知が収まっていく。まるで、嵐が急に止んだ後の、耳鳴りのように静寂が訪れた。
最後の通知に、今いる個人医が珍しく全員集合したようで協力して起こしていく。
領収書を切り、患者がその場を離れ、ふぅと一息つくと、頭皮から生温かいものが、頬を伝って顎先から落ちる。
頭は少し切るだけで派手に血が出るから、拭うのも、見られるのも面倒だ。
見知ったメンツが私があまりにぼろぼろだったせいか、診察・治療して顔を歪める。
「マジでお疲れ様、出血ヤバいな包帯巻くぞ。後は任せろ、んでそろそろ休め」
「薬キメながら命を救いに来るヤバい奴が来たって噂になってたから急いできた!弾がめっちゃ入ってるよ!痛そう!」
「うっわ、挫傷もある、ボロボロじゃんか!ヤブ医者ひとりぼっちだったんだって?ほれ飴ちゃんやるよ、可哀想に」
最後の奴には鎮静剤を差し、ありがたく飴は頂いた。
もう無線も戻すか…といつもの奴に変えてすぐに、わーきゃーと甲高い楽しそうな声が聞こえる。
不思議とストレスがちょっぴりだが回復する気がするが、多分気のせいであろう。
だって頭痛が痛い。ズキンズキンと、脈に合わせて血が流れる音までが痛みに聞こえる。
貰ったリンゴ味の飴をガリガリ噛みながらストレスが多少でも収まることを祈るが、全然変わらない。
あの鳥頭の野郎、次あったら焼き鳥にしてやろうか?
イライラしながら高級住宅街を通り抜け近場の駐車場にバイクを仕舞い、使い過ぎた足を休めるためグッグッと足の曲げ伸ばし、ずるずるとそのまま座り込む。
「ふぅー乗りきりましたかね」
もう薬は使いきってしまったし、タバコも無い。ご飯も無いし、さっき食べたので携帯していた食べ物も無い。
家に帰ってから料理でもするか。
ふと見る自分の手はぼろぼろで、バイクを走らせていたせいでほんのりとゴムの匂いがする。
グルルとお腹は早く食わせろと喚いているが、足はもうムリポ、動けないと同じく喚いている。
いやこれ動けないかもなぁといろいろ諦めていたら、ピコンと通知がなった。
「はぁ…行くか」
重たい体をずりずりと引きずり近くの通知まで歩く。目標は目と鼻の先にある豪邸。失礼しますと入っていくと、見知った人達が、ゲラゲラと笑いながら、プールから沈んだ哀れな人を端に出していた。
「ぐっさーん!ヘルプ!レダーが!」
「店長が溺れました」
「可哀想に…今助けますね」
可哀想に歳を顧みず、足でもつって沈んだのかな。
「おい!声に出てるぞ!」
「失礼しました、つい本心が。んで?足でもつって沈んだんですか?」
ちゃっちゃと治して、彼に請求書を投げる。
「違う、あの馬鹿に、手錠されて沈んだ、許さない」
「馬鹿ってなんやねん!おふざけですやん!」
仕事は終わった。ふぅと救急バックを置き、いつものように離れようと一歩踏み出すが、
「…不味い」
足に力が入らずそのままストンと腰を落とした。根が張ったように動けず、周りの人たちもどうしたと寄ってくる。これは恥ずかしいのでは?
「ぐち逸さん大丈夫ですか?」
「待てよ?…薬飲みながら徘徊する個人医ってお前か?」
「大丈夫だと思います。あと夕コさん、徘徊はしてませんが、朝から薬飲んで走りまくってはいますね」
「働きすぎじゃないの?」
「よし!個人医ジョブ一旦切れ!もう他にも居るでしょ」
無理やりジョブ切るように強要され、なぜ命令されなければ行けないのか、ニヤニヤ笑う868の皆さんにムスッーッとしながらしぶしぶ切る。
「はいはい、切りましたよ、これで良いですか」
「めちゃくちゃ不機嫌になったね、顔が死んでる」
「もう、溺れても助けられませんよ」
「俺を見て言うな」
こんなときに限ってぐるるるっとお腹がなる。ぶわっとめまいがして、視界の端が白くちかちかする。
「動けないです。お腹すきました」
「しゃーねぇ、ひとまずこれでも食え」
カロンと口の中に飴をいれてくれた芹さんを見ながら、ころころと転がし溶かしていく。甘くて酸っぱくて優しい味がした。
「さくらんぼ味!うまいでしょ」
「ほらさっさと中行くぞ」
レダーさんにずるずると首根っこを掴まれ中につれていかれる。気分は子猫だ。
力には勝てないのでされるがまま。
お陰でケインさんのファンが回り続け、豪邸の中でゆっくりしていたであろう、とぴおさん達の目が驚愕に染まっている。
どうもと引きずられながら軽く手をあげ挨拶すると、「先生何やらかしたんですか!」やら「ぐち逸さんもケインさんと同じように?」等言われた。
なんの話だ。
キッチンでは先に戻っていた音成さん達が「そろそろできるぞー!皿もってこーいー!」という元気な声が聞こえる。
そのままレダーさんにソファーに投げられ、おとなしくしておけとバナナスムージーを渡される。
ズズッと吸って、分かりましたと軽く頭を動かしておとなしく待つ。
めちゃくちゃ旨いなバナナスムージー、ほんのりと塩が入っているのか、ハチミツとバナナそして牛乳が凄い引き立つ。
うめうめと飲んでいると、バニさん達がほかほかのオムライスが眼前に現れ、ひとりひとりに配っていく。
「ほら、ぐち逸も」
「ありがとうございます」
渡されたずっしりと重い皿を受け取り、テーブルに置く。
「よし!みんなに行き渡ったね!!作った私と音成に感謝しろ!いただきます!」
「いただきます」
バターの香りがふわりと香る。とろとろでほかほかの卵がなんともうまそうだ。
スプーンで大きく割ると中には鶏肉が野菜より多めに入ったケチャップライス。
卵の接する部分にはたっぷりのケチャップがかかっていたようでスプーンを汚していく。
はぐっと大口で向かい入れると、ほかほかの卵と酸味と旨味をまとったライスが口一杯に幸せを運ぶ。
バターをたっぷり使ったであろう卵のなんとも言えない優しい味と爆発的に増えたカロリーの味は幸せを深める。
ケチャップライスもごろごろと具材が入っていて、咀嚼するたびに野菜の旨味と鶏肉の旨味がケチャップの酸味をまとい、また一口、また一口とするすると消えていく。あっという間にカランと音を立てて完食してしまった。
「…おかわりってありますか?」
「用意してるで!どうせ食べるやろ?多分もうみんな食べないから全部盛っていいで!」
「キッチン行ってこい、この先!卵は焼いてあるからそれ使え」
「行ってきます」
軽くなった体をるんるん動かし、大きなフライパンからもっもっ皿にケチャップライスをすべて盛る。
その上に甘いケチャップに、胡椒粉パセリ粉チーズを足して置いてあるオムレツを落とし、真ん中をつーっと割っていく。
フワーッと卵のドレスが広がり、きれいではあるが容赦なく追加のケチャップをかける。
ヤバいめちゃくちゃ旨そうだ、彩りで粉パセリをかける。
「完璧では?」
キッチンで一人で食べるのはさみしいので、みんなのいるところに戻り、るんるんで雑談している牢王さんの隣に座る。
こちらの皿を見てぎょっとした顔をする牢王さんを無視をして、皿をテーブルに置き、いただきますと手を合わせ大きなオムライスにスプーンを汚していく。
やっぱりオムライスはケチャップが美味しいよな…。粉チーズが入ったお陰か、めちゃくちゃ美味しいのが、さらに旨くなった。音成さん達は天才だ。
パクパク食べていると、ふと周りがニコニコしながらこちらを眺めている。なんですか?これは俺のですあげませんからね?
「おいしい?」
「ん?おいしいですよ?」
そっかー!とまたニコニコしながら観察しているのを気味悪く感じながら、食べていく。
一口一口がこの極上の時間を惜しむように名残惜しく感じるが、あっという間に皿の上には何も残らなかった。
空腹が収まり、心もぽかぽかしてきた。
なんだか、今日頑張ったかいがあったというものだ。そんな気がした
「ごちそうさまでした」
口元を拭き手を合わせる。お腹も水分もしっかり回復した。なぜかストレスも全快したようだ。
「オム山が消えたぞ!凄いな」
ぽかぽかの体から力が抜ける。
「つかれました…凄いねむいです」
うとうとしてきた体をケインさんに支えて貰うが、正直限界でくらくらと視界が回る。寝るわコレ。
「10分たったら起こして下さい」
そのまま固い体に体を預けながらそのまま睡魔に身を委ねる。
掛けるタオルもってこい~!やら子供じゃんね~!と言う賑やかな声なんて聞こえないのだ。
「俺らが育てたなコレ」
「まあ餌付け成功したってことでいいんじゃね?」
あーあ聞こえない!おやすみなさい!
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