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「店長、金を貸してやろうか。
無利子無担保で」
次の日、またあの店の前を通りかかった青葉は、あかりのところに寄り、そう言った。
あかりは突然どうしましたっ?
という顔をする。
「な、なにかの詐欺ですかっ?」
「違う」
「じゃあ、実はサラ金業者だったとか……」
「……お前、俺の名刺を見なかったのか?」
青葉の名刺にはインテリアなどの輸入会社の名前がちゃんと書いてあったはずだ。
「見ましたけど。
実は副業で、サラ金もやってらっしゃったのかと」
「そんなに会社の経営困ってないから。
いや、お前がもし、サラ金で金を借りて、この店をやっているのなら。
お前の店にぶつかったのもなにかの縁だろうから、俺が立て替えといてやろうかと思っただけだ。
まあ、もちろん、全額きちんと返してもらうが」
「いえいえ、大丈夫ですよ。
ところでなんで、私がサラ金で借りた話になってるんですか?」
「いや、お前の弟がこの店の金の出どころは言えないと言うから」
「えっ?
来斗をご存知なんですか?」
うちの会社に派遣で来ていると言うと、
「そうだったんですか。
知りませんでした。
そういえば、先月から違う派遣先に行ってるとか行ってましたね」
と適当な姉は笑う。
「まあ、サラ金じゃないのならいい」
と言うと、あかりは少し迷うような顔をして訊いてきた。
「……ところで、あの。
そういえば、ちょっと思い出したんですが。
以前、お会いしたことないですか?」
「いや、ないと思うが……」
なんで今ごろ、思い出した? と訊いた青葉に、あかりは、はあ、すみません、と例のマヌケな口調で言った。
「ちょっと動転してたんで、すぐには思い出せなくて」
ああ、まあ、車が突っ込んできたら、動転するよな、と思いながら、問う。
「俺はお前と何処で会ったんだ?」
「……えーと、道端でちょっとその、道を訊かれて」
青葉は衝撃を受けた。
「お前に道を訊いたのか? 俺が?」
「なんで、そこで驚くんですか……」
「見るからに方向音痴そうというか、地図が読めなさそうなのに?」
いやいや、とあかりはちょっと誇らしげに言う。
「私、こう見えて、見知らぬ土地でもよく道訊かれるんですよ」
「ああ、まあ、親切そうで、話しかけやすそうだからな」
まあ、そのくらいなら、覚えてないかもしれないな。
仕事柄、人にはよく会うから。
そう思いながも、その一方で、
だが、こいつに会って忘れるとかあるだろうか?
とも思っていた。
何故、そう思うのかはわからないが……。
だが、そこで青葉は気づく。
「待てよ。
もしかしたら――」
そう言いかけたそのとき、あの学校帰りの子どもたちがやってきた。
「おねーさん、おねーさんっ。
すごいよっ。
学校で体育の時間、あの呪文言ったら、雲が速く動いたんだよっ」
あかりは、
「そうなんだー。
よかったねー」
と微笑む。
膝に手をやり、身を屈め、子ども目線になって、うんうん、と子どもたちの話を聞いていたが、内心、
あ~、よかった。
たまたま動いて~、と思っていたことだろう。
それにしても、授業中なにやってんだ、お前らは、と青葉は思った。
そのうち、算数とかの時間にもやりはじめて、
「みんな、なにやってんだ」
と先生に怒られて。
「怪しいランプのいっぱいある、おまじないのお店で習いました」
と子どもたちが白状し。
この店に教師が来て、警察が来て――。
「青葉さん、助けてくださいっ」
青葉の妄想の中。
あかりは乱暴に刑事たちに腕をつかまれながら、振り返り振り返り、青葉に助けを求め、叫んでいた。
――まあ、怪しい呪文を教えて、生徒を惑わし。
授業の妨害をしたくらいじゃ警察には捕まらないだろうが。
どのみち、この妄想が現実にはならないことを青葉は知っている。
彼女が自分のことを、
「青葉さんっ」
と呼ぶ日は来ない気がしていたからだ。
「おねーさん、おねーさんっ。
別の呪文も教えてよっ」
案の定、子どもたちはそう言ってきた。
ほら、見ろという顔をして、青葉はあかりを見る。
だが、あかりは、
「わかりました」
と言って、自信ありげに頷いた。
どうやら、ちゃんと考えてあったようだ。
そういうところは抜かりないな、と思ったとき、あかりは忍者がドロンと消えるときのように、指先を重ね合わせた。
こいつ、怪しい踊りを省いたな、と思った瞬間、あかりが天に向かって指を差し上げ、叫んだ。
「あり・をり・はべり・いまそかりーっ!」
雷でも落ちてきそうな勢いだった。
子どもたちも、なにか変だと思いながらも、その勢いに押され、息をつめて見ているようだった。
だが、子どもでない青葉は腹の中でいろいろと思っていた。
……何故、突然の和風。
そして、何故、突然のラ行変格活用……。
「なにが起こったの?」
「ほらっ。
このおにいさんの身長がちょっと伸びましたよ~」
とあかりは青葉を手で示す。
「ええっ? わかんないよ」
「最初の身長、覚えてないよっ」
「もともとデカすぎて、わからないよっ」
そう子どもたちに言いつのられたあかりは、
「では、次は、私の身長を伸ばしますね」
と笑顔で言った。
なんだかんだで、子どもと遊ぶとの上手いな。
あの小さな弟のせいだろうか?
と思ったとき、あかりが自分の手をつかんだ。
どきりとする間もなく、あかりは彼女の頭の上にその手を置かせる。
「今、この位置ね。
じゃあ、呪文をみんなで唱えて。
あり・をり・はべり・いまそかり~!」
「あり・をり・はべり・いまそかり~!」
と子どもたちは素直に繰り返している。
はっ、とあかりは掛け声をかけた。
いや、その掛け声で変化するのなら、今の呪文、意味あったか?
と思ったとき、あかりの身長がぐぐっと伸びて、自分の手が上に向かって押された。
「わあ、ほんとうだっ」
「つま先立ちにもなってないよっ」
と子どもたちはあかりの足元を確認しながら、感動している。
「身長を測定するとき、あり・をり・はべり・いまそかり~! って言いながら、こうやって、ぐぐっとお腹を引き上げてみて。
身長、伸びるからっ」
……それはお腹を引き上げたせいだよな、と青葉は思う。
子どもの頃、母親にバレエをやらされていたので、そのやり方はなんとなくわかる。
「しかも、こうやって、ずっとお腹を引き上げてると、姿勢が良くなって、先生に褒められるよっ」
もはや、呪文、なにも関係ないな……。
「そして、なんとっ」
とテレビ通販のような口調で言ったあかりは腰を屈め、口元に手をやった。
内緒話をするようにコソコソと言う。
いや、コソコソしているのは仕草だけで、相変わらず、声は大きかったのだが……。
「この呪文をずっと唱えているとっ。
いつか未来で、テストの点がちょっぴり上がるよっ」
……こいつらが騙されたと気づくのは、中高生くらいになってからだろうか。
その頃には、阿呆なおねーさんに、昔、遊んでもらったな~、といい思い出になっていることだろうが。
まるで、今なら、呪文がふたつ、ついてくるっ、みたいな通販口調のあかりに釣られ、
あり・をり・はべり・いまそかり~!
と繰り返しながら、子どもたちは帰っていった。
「じゃあ、俺も帰る」
と言うと、
「わざわざありがとうございました」
とあかりは深々と頭を下げてきた。
「サラ金でお金は借りていませんので、ご安心ください」
うん、と行こうとすると、あかりは顔を上げて言う。
「大丈夫です。
この店の開店資金は、サラ金じゃなくて、昔、男の人に騙されたときの手切れ金です」
「……そうか。
なんか聞いて悪かった」
いえ、と言うあかりに、自分で訊いておいて、
なんて笑えない話をする女だ……と思う。
それ以上突っ込んで訊くことはもちろん、できず。
青葉はそのまま帰っていった。