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あのぼんやり顔で男に騙されたとか、ピンと来ないな。
そういう女性にありがちな影も色気もないし。
……どんな男に騙されたんだろうな。
そして、その男、あんなアブラカタブラで、あり・をり・はべり・いまそかりで、マハリクマハリタな……
いや、マハリクマハリタはなかったな。
それは、従姉が子どものころ、教えてくれた呪文だった――。
そんな、あり・をり・はべり・いまそかりな女を騙すとか、どんな男だ、と青葉が、ぐるぐる考えているころ。
あかりは、ぼんやり青葉の乗った車を見送りながら、つまらぬ話をしてしまったな、と思っていた。
つまらぬ物を斬ってしまった、みたいなテンションで。
余計なこと言っちゃったな~と下がりそうになる気持ちを頑張って引き上げてみる。
――今日は最近ハマってる俳優さんが出るミュージカル、見に行くしな。
よしっ。
早めにお店を閉めれるよう、いろいろ頑張っとこっとっ、とあかりは中に入っていった。
夕方、ちょっと早めにお店を閉め、あかりは友だちの孔子と出かけた。
劇場の前はもう、開場を待つ人でいっぱいだった。
「孔子、ご飯食べて来た?」
「食べてないよ。
ギリギリだったもん。
あかりは?」
「私もまだ」
「終わったら、どっかで食べて帰ろうよ」
いいねー、と話していたとき、斜め前を歩いていた人にぶつかった。
「あっ、すみませんっ」
と謝り、あかりはそちらを見る。
「あら、いいのよ。
今、気分いいから――」
見るからに有閑マダムと言った感じのその美しいご婦人は、誰とぶつかったのかに気づいて、眉をひそめる。
「……あら、一気に気分が悪くなったわ」
誰? と孔子があかりを見る。
「すみません。
お久しぶりです」
「そう久しぶりでもないじゃない。
……日向は元気?」
この間、会わせましたよね、とあかりが思っていると、
「今日の日向は元気? と訊いているのよ」
と女王様のようにあかりを見下ろし、彼女は言う。
いや、あかりの方がかなり大きいのだが。
あかりは、元気です、と言いながら、すっとスマホにある今日の日向を見せた。
彼女は『今日の日向』の可愛らしさを確認したあとで、深く頷き、
「あとで私に転送しなさい」
と言って、歩き出す。
「寿々花さん、もう入れるわよー」
と前からその友人たちが彼女に声をかけていた。
「今行くわ」
と寿々花は行ってしまった。
「そういえば、寿々花さんとこ、息子さん、まだ独身よね。
いいお話があるんだけど」
と聞こえてくる。
寿々花が遠ざかったあと、孔子が苦笑いして言ってくる。
「あー、あれがもしかして……」
「日向のおばあちゃん。
……おばあちゃんとか言うの、嫌がるんだけど」
日向がしゃべり出してからは、グランマ、と呼ばせているが。
日向が、グランマというのを聞いた来斗は、
「グランマって、何処のパン屋?」
などと言っていたが。
「日向、可愛いよね~。
あれはきっと、すごいイケメンになるわー。
将来、私が娘を産んだら、許嫁にしてね」
と孔子は笑ったあとで、前を行く寿々花の方を見、
「……でも、あの人がおばあちゃんになるのか」
と残念そうに呟く。
まあ、そう悪い人ではない……
のかもしれないが。
なんだかんだで、日向、うちで育てさせてもらってるしな。
強引に引き取られても仕方なかったのに。
でもまあ、それだと向こうにも都合悪いか。
『そういえば、寿々花さんとこ、息子さん、まだ独身よね。
いいお話があるんだけど』
という先程のご友人の言葉を思い出しながら、あかりは寿々花に少し遅れて劇場に入った。