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――春の匂いがした。
その瞬間、吐き気がした。
「……っ」
もう、安心なんて一切なかった。
戻ってきたことにすら、意味を見出せない。
(……また)
何回目かも分からない。
でも、はっきりしていることがある。
――あいつは、“こっちに来る”。
「腹減った」
松野千冬の声。
「……」
返事ができなかった。
怖い。
ただ、それだけだった。
「おい、大丈夫か?」
三ツ谷隆が顔を覗き込む。
「顔色、マジで悪いぞ」
「……大丈夫」
嘘だった。
全然、大丈夫じゃない。
でも――
(言えない)
言ったところで、意味がない。
どうせ。
全部、潰される。
「……なぁ」
千冬が少し真面目な声を出す。
「お前、最近ほんと変だぞ」
その言葉に、胸が痛んだ。
“最近”。
その言葉が、妙に引っかかる。
(……最近?)
おかしい。
ループしてるのは、私だけのはず。
なのに――
「……ねぇ」
思わず口に出す。
「私、前からこんな感じだった?」
二人が、少し顔を見合わせる。
「……いや」
三ツ谷がゆっくり答える。
「ここ最近、だな」
「なんか、別人みてぇ」
千冬が続ける。
「前はもっと普通だったろ」
頭が、真っ白になる。
(……違う)
違う違う違う。
そんなはずない。
だって私は――
ずっと同じことを繰り返してて。
ずっと同じ時間を――
「……ねぇ」
声が震える。
「いつから?」
聞かなきゃいけない。
聞いたら終わる気もするけど。
それでも。
「いつから、私おかしかった?」
一瞬の沈黙。
それから――
「……最初からだろ」
千冬が、当たり前みたいに言った。
「は?」
理解できなかった。
「最初からって……」
「だからさ」
千冬が少し笑う。
でもその笑い方が、どこか違う。
「会った時から、ずっと変だって」
背筋が、凍る。
(……は?)
そんなはずない。
だって最初は普通で――
「なぁ」
三ツ谷が口を開く。
その声も、少しだけ低い。
「お前さ」
ゆっくりと、こっちを見る。
その目が――
さっきの“影”と、同じだった。
「ほんとに、何回目だと思ってんの?」
心臓が、止まった。
「……え」
息ができない。
視界が揺れる。
「……なに言って」
否定しようとした。
でも。
できなかった。
二人の顔が、少しずつ歪んでいく。
笑っているのに。
目だけ、全然笑っていない。
「気づいてなかったのか?」
千冬が、低く呟く。
「ずっと見てたぜ」
一歩、近づいてくる。
逃げたいのに、足が動かない。
「お前が何回やり直しても」
三ツ谷が続ける。
「全部、同じだってな」
頭の中で、何かが崩れる音がした。
「……違う」
やっと出た声は、震えていた。
「違う、二人は――」
二人は、こんなんじゃない。
こんな目で、私を見ない。
こんなふうに――
「違わねぇよ」
重なる声。
完全に一致した、同じトーン。
「お前が見てるのが、“現実”だ」
その瞬間。
視界が、大きく歪んだ。
世界が、崩れる。
色が、音が、全部バラバラになる。
「……やめて」
耳を塞ぐ。
でも、声は止まらない。
「やめて……やめて……!」
“何回やっても同じだ”
“全部無駄だ”
“お前は何も変えられない”
頭の中に、直接響く。
逃げ場がない。
「……っ」
膝が崩れる。
呼吸ができない。
「……あ」
その時。
ふと、気づいた。
二人の足元。
影が、重なっている。
一つに。
「……あは」
乾いた笑いが漏れた。
(……そっか)
最初から。
全部。
「……あいつの中だったんだ」
その瞬間。
世界が、完全に暗転した。
――春の匂いがした。