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――春の匂いがした。
もう、何も感じなかった。
何度繰り返しても。
何を変えようとしても。
全部、同じ場所に戻される。
(……違う)
ひとつだけ、分かっていることがある。
“条件”がある。
この世界には。
「腹減った」
松野千冬の声。
その隣に、三ツ谷隆。
いつも通りの光景。
でも――
(これが、最後)
なぜか、そう思った。
理由はない。
でも、分かる。
これ以上は、きっとない。
「……ねぇ」
自分でも驚くくらい、静かな声が出た。
二人がこっちを見る。
「今日さ」
少しだけ、間を置く。
「どっちか、いなくなるんだよね」
沈黙。
風の音だけが、やけに大きく聞こえる。
「……は?」
千冬が眉をひそめる。
「何言ってんだよ」
「ほんとだよ」
否定しない。
もう、隠す意味もない。
「何回も見てきたから」
三ツ谷の目が、少しだけ細くなる。
「……本気で言ってんのか?」
「うん」
迷いはなかった。
ここまでは。
「で?」
千冬が腕を組む。
「だからなんだよ」
その言葉に、息が詰まる。
(……ここからだ)
一番、言いたくなかったこと。
一番、決めたくなかったこと。
それを――
言わなきゃいけない。
「……選べるの」
やっと、口を開く。
「どっちを残すか」
空気が止まる。
「……は?」
三ツ谷が低く言う。
「意味わかんねぇこと言うな」
「ほんとだよ」
震えそうになる声を、押し殺す。
「千冬が行くと、三ツ谷が死ぬ」
心臓が、大きく鳴る。
「千冬を止めると……」
言葉が、詰まる。
喉が、痛い。
それでも。
「千冬が、いなくなる」
静寂。
誰も、何も言わない。
ただ、時間だけが過ぎていく。
「……はは」
先に笑ったのは、千冬だった。
「なんだそれ。意味わかんねぇって」
軽い調子。
でも。
その奥に、少しだけ違うものが見えた。
「じゃあさ」
千冬が一歩、前に出る。
「俺が行かなきゃいいんだろ?」
「……ダメ」
即答だった。
「それじゃ変わらない」
何度も見た。
何度も失敗した。
「どっちか、なの」
残酷なくらい、はっきりしている。
「……」
三ツ谷が、黙っている。
その横顔を見て――
胸が締め付けられる。
(……こんなの)
選べるわけない。
どっちも、大事で。
どっちも、失いたくなくて。
でも。
「……なぁ」
静かに口を開いたのは、三ツ谷だった。
「お前は、どうしたい」
その一言で。
全部が、崩れた。
(……私が?)
違う。
決めるのは運命で。
世界で。
こんなの、私のせいじゃ――
「逃げんな」
低い声。
思考が止まる。
三ツ谷が、まっすぐこっちを見ている。
「ここまで来て、それはねぇだろ」
その目が、痛いくらい真っ直ぐで。
逸らせない。
「……っ」
言葉が出ない。
でも。
逃げられない。
「……私は」
やっと、声が出る。
震えている。
でも――
止めない。
「私は……」
二人を見る。
千冬。
三ツ谷。
何度も一緒に笑って。
何度も一緒に歩いて。
何度も――失ってきた。
その全部が、頭をよぎる。
「……私」
息を吸う。
決める。
ここで。
全部。
「三ツ谷を、残す」
言ってしまった。
もう、戻れない。
沈黙。
風が、吹く。
「……そっか」
小さく呟いたのは、千冬だった。
その声が――
やけに優しかった。
「……ごめん」
やっと出た言葉は、それだった。
千冬は、少しだけ笑う。
「謝んなよ」
軽く、肩をすくめる。
「お前、そういう顔すると思ったわ」
「……っ」
何も言えない。
言えるわけがない。
「じゃ、行ってくる」
いつも通りの調子で。
手を上げて。
背を向ける。
「待って」
思わず、声が出た。
でも――
足は、動かなかった。
(……止めない)
決めたから。
自分で。
「……ありがとな」
振り返らずに、千冬が言う。
その一言が――
何よりも、重かった。
遠ざかる背中。
分かってる。
この先で、何が起きるか。
何度も見てきた。
でも――
今回は。
動かない。
「……っ」
爪が食い込むくらい、手を握る。
それでも。
一歩も、動かなかった。
――ガッ
遠くで、音がした。
分かってる。
それが何か。
全部。
それでも――
私は、振り返らなかった。