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獣王ガロンは目の前の光景をただ唖然と眺めるしかなかった。千年の封印から解き放たれ、獣人達を率い、更にスタンピードを起こしていよいよ復讐を果たそうと立ち上がったばかりなのだ。今まさに彼の復讐劇は始まろうとしていたのは確かである。
しかし、目の前の光景はそんな彼の野望を嘲笑うかのようなものだった。
忌々しい勇者と魔王の力を持つ少女達が、互いに言い合いながら自分を慕ってくれた獣人達をまるで虫を相手にするような気軽さで蹴散らしていく。
つい先程まで力と力の、大軍同士の正面決戦であった。自ら魔物達の護りを崩し、獣人達と一緒にゴブリンやオークと乱戦に持ち込めた。後は自分が先頭に立ち奴らを蹴散らせば道が切り開けるはずだった。
二人の少女の介入は、それまでの戦いから一方的な殲滅へと場面を切り替えてしまった。逃げ惑う獣人達を競い合うように排除していく様は、まるで遊びのように思えた。
一体何処で間違えたのだろう。スタンピードでけし掛けた魔物達は最初の小さな町すら突破できずに壊滅させられ、森に侵入した一団を攻撃に向かった熊獣人、狼獣人達は殲滅され、封印を解いた功労者であるガルフも命を落とした。
ならばと残った戦力を率いて決戦を挑むが、最初こそ優勢だったが二人の少女によってそれも容易くひっくり返された。
その光景は千年前と変わらなかった。圧倒的かつ絶望的な力で有無を言わさず叩き潰される。その時の光景が脳裏に浮かび、有効な指示を出せずただ呆然と立ち尽くしていた。
虐げられる獣人のため、獣王として立ち上がった自分の大義を信じて疑わなかった。
だが、そもそも他種族を蔑視する傾向の強い獣人族が無用な対立を招いているのは明らかであり、彼ら自身がそれを自覚しない以上融和は訪れることもない。
もちろんそんな事情などシャーリィ達が知るよしもない。最も、それを知ったとしてマリアならば躊躇するだろうがシャーリィにとって相手の事情など考慮するに値しないものである。彼女にとって自分達の敵なのかどうか、それだけが重要なのだから。
「やれやれ、これでは我等も近付けぬ。お嬢様に何かあれば大事となるが」
「止めといた方がいいよ。お嬢様はまだしも、勇者の誤射は洒落にならないからさぁ」
「あれに触れれば俺達とてタダでは済まん。こうなっては傍観する他あるまいよ」
魔族達は邪魔にならないよう、そしてなにより流れ弾に当たらぬよう広く包囲するように展開。
獣人達を逃さないようにしつつ状況を静観していた。
「私達はどうします?」
「あの中に突っ込めってか?お嬢の邪魔になるだけさ。ヤバくなったら弓で援護してやってくれ」
「分かりました」
「派手に殺ってるなー、シャーリィ」
ベルモンド達も状況を静観する他なかった。中心部ではシャーリィとマリアの魔法が乱舞して、獣人達の悲鳴と怒号が止むことなく響き渡り、それを打ち消すように爆音も轟いていた。
「足元に注意してくださいよ!ライトニング!」
「ぎゃああっ!?」
地面を水浸しにしたシャーリィが放電して獣人達を感電死させていく傍では。
「地の精霊よ!その逞しい力を以て我が敵を討て!クラッシュ!」
突如地面が隆起して、盛り上がった多数の岩が覆い被さるように獣人達を押し潰す。それはまるで抱擁のようであった。
「我が同胞達よ!ここは逃げるのだ!逃げて再起を図れ!これでは戦いとならん!早くしろ!」
我に返った獣王ガロンは撤退命令を下す。ここで全滅するよりも再起を図ることを優先した結果である。
だが全てが遅すぎた。度重なる魔法攻撃で獣人達は数を減らしており、逃げようにも完全に包囲された状態ではどうにもならなかった。
「逃がすな!このような真似が二度と出来ぬよう、確実に殲滅するのだ!お嬢様の心労をこれ以上増やしてはならん!」
「一匹も取り逃がしてはダメよ!私達の敵はまだまだたくさん居るんだから!こんな得るものもない戦いを繰り返すなんてあり得ないわ!」
ゼピスの号令により死霊騎士達は逃げ惑う獣人達を包囲から逃がさぬように鉄壁の構えを取り、そしてリナはエルフ達に指示を飛ばして阻まれた獣人達に矢を射掛ける。
取り逃がせば禍根を残すことを誰もが理解していた。それ故に殲滅戦となったのである。
「うぉおおおおっっ!!!これ以上はやらせんっ!!」
耐えかねた獣王ガロンは遂に武器を片手に暴れまわるシャーリィとマリアへその巨体に似合わぬ俊敏な動きで襲いかかる。
上段から振り下ろされる手斧の一撃は、シャーリィの頭部を破壊するに足る威力を秘めていた。だが、手斧がシャーリィを捉えることはなかった。
「ウインド!」
シャーリィは『飛空石』に魔力を流し、更に柄から突風を巻き起こして真横へ移動。
手斧は大きな音を立てて地面に突き刺さる。シャーリィは意にも介さず柄を真下に向けて急上昇。標的を獣王ガロンへと切り替える。
「おのれ小娘ぇ!小賢しい真似を!降りてこい!」
空に浮かぶシャーリィに対して獣王ガロンが吠える。対するシャーリィは涼しい表情を浮かべていた。
「降りろと言われて降りる人が居るものですか。覚悟しなさい、獣王ガロン。貴方の復讐には微塵も興味はありませんし、貴方が別の場所で動いていれば関知しませんでした。ですが、貴方の行動は私の大切なものを奪った。つまりは敵です」
シャーリィは宙に浮いたままガロンへ勇者の剣を向ける。
「勇者様は貴方を封印することで終わりにしましたが、私は勇者様ほど優しくはありません。跡形もなく消滅させてあげます」
「はっ!吠えたな小娘!勇者の力を持っていようと、貴様のような小娘一人に遅れは取らんわ!」
「一人ではないわよ!」
「ぬっ!?小癪な!」
突如大地が隆起して獣王ガロンを押し潰そうとするが、その場を大きく飛び退いて危機から脱する。
「貴様もか!小娘!」
「獣王ガロン!私の話に耳を傾けてくれれば、こんなことにはなりませんでした!私だってこんなことはしたくなかった!でも、貴方を放置したらどれだけの犠牲者が出るか分からない!だから、私は貴方を討つ!これ以上の惨劇を繰り返さないように」
マリアもまた魔王の剣を獣王ガロンへ向ける。
「小癪な!良いだろう!此れ程までに好き勝手された礼をしてやる!我は今度こそ勇者と魔王に打ち勝つ!我が一族繁栄の礎となれ!」
「非常に不本意ですが、まずは目の前の犬を始末します。貴女との話し合いはそれが済んでから。構いませんね?マリア」
「個人の事情より皆を優先するだけよ!貴女のそのネジ曲がった根性を叩き直してあげるから、逃げるんじゃないわよ、シャーリィ!」
「はっ!上等です!貴女の夢みる性格を矯正してあげますよ!」
千年の時を経て、勇者、魔王の力を持つ少女達と獣王ガロンの最後の戦いが始まろうとしていた。