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頬杖をついて窓の外を眺めていると山肌がうっすらと白くなりつつある事に気付いた。夜明けが近いのだろうか。木々の隙間から見える空はぼんやりと明るくなってきている。
朝早いせいなのか、それともこの辺りが寒いのか、外を歩いている人は殆どいない。
真夜中に出発したロケバスは、途中で休憩を何度か挟みながら外灯の少ない山道をひた走る。本来なら雪がうっすら積もっていてもおかしくない気候のはずだが温暖化の影響だろうか。道沿いにそれらしきモノは見当たらない。別に一面の銀世界を期待していたわけじゃないが、折角の地方ロケなのに風情が無いなと蓮はふぅと小さく溜息を漏らした。
「……眠れないの?」
ふと、声がして振り返る。そこには薄手の毛布を肩にかけたながらジッとこちらを見ているナギの姿があった。
他のメンバーは既に寝入っているのだろう。静かな車内にスースーと誰の物とも言えない寝息が微かに響いている。
つい数十分ほど前まで起きてタブレット端末を片手に真剣な表情で台本を読んでいた美月も、既に読み終えてしまったのだろうか、今は静かに寝息を立てている。
「まぁ、ちょっとね」
曖昧な返事を返しつつ、膝の上に置いていた手に重なる温もりに気付いて、蓮はゆっくりと視線を落とした。
「俺も。ちょっと楽しみすぎて全然眠くない」
「小学生かな?」
「酷いなぁ」
クスリと微笑むナギに釣られて、思わず笑みが零れる。
「ねぇ、覚えてる? 俺らが初めて会ったのもバスの中だったよね」
「勿論。忘れるわけ無いだろう? 淫乱小悪魔君が誘って来た時はどうしようかと思ったけど」
「ちょっ! それ、まだ引っ張るの!?」
「いやいや、なかなか忘れられるもんじゃないよ。あれは」
「もうっ、馬鹿」
恥ずかしそうに唇を尖らせるナギに、蓮はくすりと笑って見せる。
「今日は言わないの? 此処でシちゃう?って」
肩を引き寄せ、耳元で囁きながら背中を撫でると、線の細い身体がビクッと震える。その様子に満足げに口元を緩め、蓮はナギの顎を掴むとそのまま軽く上向かせた。
「……っ、な……何考えてるんだよっこんなとこで……っ」
「あれ? 前はもっと大胆な事してたのにそう言う事気にするんだ?」
わざとらしく首を傾げれば、ナギは羞恥心に耐え兼ねたのかふいっと顔を逸らして俯いてしまう。そんなナギの反応が可笑しくてさり気なく腿の付け根に手を置くとハッとしたように身を固くして、慌ててその手を押さえた。
「ち、ちょっと何処触って――」
「あまり騒ぐと、みんなに気付かれちゃうけどいいのかい?」
しぃっと、人差し指を立てて耳元で笑う蓮に、ナギはグッと言葉を詰まらせて黙り込む。激しく抵抗できないのをいいことに手をズボンの中へと滑り込ませ下着越しに柔く握り込めば、そこは僅かに熱を持ち始めていた。
「ほら、やっぱりなんだかんだで期待していたんじゃないか」
「っ、違うしっ」
「嘘つき」
「――っ」
バスの揺れに合せてゆるゆると扱けば、徐々に硬度を増していくそれに、蓮はにんまりとほくそ笑むとズボンをずらし、直接触れようと試みる。だが、それは流石にまずいと思ったのかナギの手に阻まれて阻止されてしまった。
「駄目、だってば」
「なんで?」
「なんでって……っ」
「大丈夫。死角になってるし、周りからは見えないよ」
シレっと言いながら耳元に唇を寄せ、甘噛みしながら舌を差し入れる。ぬるついた感触に一瞬だけ怯んだ隙を狙って一気に引き摺り下ろせば、完全に勃ち上がった性器が露わになった。先端から溢れ出た先走りが裏筋を伝って垂れ落ちて行く。
「はは、可愛い。もうこんなにしちゃって……」
クニクニと親指の腹で亀頭を弄び、鈴口を擦ってやれば堪らずナギの口から鼻から抜けるような吐息が漏れる。
「……は……ん、ふ……っ」
「気持ち良い? 腰動いてるよ」
「っ……」
指摘すれば、ナギは目尻に涙を浮かべたまま悔しそうに睨み付けてきた。腿に力を入れ手の甲で口元を押さえながら声を押し殺そうとしている様は酷く煽情的で、嗜虐心を掻き立てられる。
「いつもより感度がいいね。この状況に興奮してるんだ」
滑りの良くなったそれを上下に扱いてやれば、先端からとめどなく蜜が流れ出て竿を濡らす。時折カリ首に爪を引っ掛け刺激してやれば、堪えきれないといった風に喉を仰け反らせた。
「……っ、も……ダメ、だってば……」
小さく首を振り、弱々しく抗議してくるナギを無視し、追い立てるように扱き上げる。同時に片方の手で陰嚢に触れ、優しく揉んでやるとナギが焦ったように身じろいだ。
「ぅ、……く……っぁ、だめっ、出ちゃう……っ」
「出していいよ。後の事は気にしなくていい。僕が上手くやるから」
「――……っ」
促すように耳たぶを食みながら低く囁いてやると、ナギは声にならない悲鳴を上げながら果ててしまった。勢いよく吐き出された精液が蓮の手の平にべっとりと付着する。
「大丈夫?」
何事もなかったかのように取り出したハンドタオルで手を拭きエチケット袋にそれを入れて袋の口を締めながらいけしゃぁしゃぁと言い放つ。
「だ、大丈夫……じゃないっ! ほんっと最悪っ」
「ん、ふあ……。なに、どうしたの? 何かあった?」
「あぁ、ごめん。起こしちゃった? ちょっとナギが酔ったみたいで」
目が覚めたのか、真後ろの席に座っていた雪之丞が欠伸をしながら目をしょぼしょぼさせながら尋ねて来る。何食わぬ顔で誤魔化しつつ、蓮はナギの衣服を整えてやった。
「えぇ、ナギ君が!? だ、だいじょう……」
「起こしちゃってごめんね。大丈夫。今吐かせたから」
「ぇえっ!? 吐いた!? 何処かでバス停めて貰った方が……って、ナギ君大丈夫?」
「だ、大丈夫だから! ちょっとほっといて貰えないかな」
ナギは恥ずかしいやら居た堪れないやらで俯いてしまっている。そんな彼を横目に見つつ蓮は徐に立ち上がると窓に手を掛け、ゆっくりと開いた。
途端に温かかった車内に冷たい空気が流れ込んで来る。
「うわっ、な、なに!?」
「ちょお!? 誰ですか!? 窓開けたの!?」
静かだった車内が騒然とし一気に騒がしくなる。
「ち、ちょぉお兄さん!? 何やって……そんなことしたらみんなに迷惑が……っ」
「乗り物酔いした時って換気した方がいいって言うだろう?」
「そ……「それに、キミのエッチな匂いがみんなにバレちゃってもいいの?」」
咄嵯に反論しようとしたナギの声に被せる様に蓮が耳元で呟けば、みるみると頬を紅潮させて行く。
「……馬鹿」
恥かしくて押し黙ってしまったナギを見てくすっと笑うと、蓮は徐に立ち上がり運転手に声を掛けた。
「すみません、何処か休憩できるところがあれば寄って貰えませんか? 少し酔ってしまったみたいで」
「は、はい。わかりました。では、次のサービスエリアで休憩します」
「ありがとうございます。お願いします」
蓮が頭を下げると、バスは再び走り出す。
「何もわざわざ休憩所に寄らなくても……」
「僕が辛いんだよ」
「え……」
「ほら、触って?」
ナギの腕を掴んで引き寄せると、その手に自分の股間を押し付けて見せる。そこは既に硬く張り詰めていて、ナギはぎょっとして目を丸くした。
「キミの可愛い姿見てたら我慢できなくなっちゃった。だから、ね?」
「……っ、ね? じゃない! 勝手にシコってなよバカっ! 変態っ!!」
真っ赤になりながら強く股間を握り締められ、思わずウッと息を飲む。
まさか、反撃を食らうとは思っておらず、見上げると頬を赤らめながら目を吊り上げているナギの姿があった。
「たく、なんで!? みたいな顔してさ……。嫌なんだよ……。こんなAVみたいな事するのもされるのも」
ボソッと小声で言われ、思わず固まる。
初対面でいきなり跨って来たヤツが何を言うかと思ったが、火に油を注ぐような真似はしたくなくて蓮はぐっと言葉を飲み込んだ。
「――全く、どれだけバカップルなんですか貴方たちは!」
バスが最寄りの休憩所へと到着後、二人は仁王立ちの弓弦に捕まり、そのまま説教を受けていた。
「いや、あの……それはその……」
「言い訳なんて聞きません。大体、あんなところで盛るなんて言語道断ですよ。一体なにを考えているんですか。女性も同乗していたのに」
「……なんで俺まで……」
怒り心頭の弓弦の横で、ナギはうんざりした表情を浮かべていた。自分はある意味被害者だと言わんばかりの表情をするナギを睨み付け、弓弦は呆れたような溜息を吐いた。
「今回の件は蓮さんが一番悪いと思いますけど、小鳥遊さんだって同罪ですよ。本気で嫌なら抵抗出来たはずでしょう!?」
「ぅ……」
ド正論を返され、ナギはそれ以上何も言えずに黙りこんでしまった。確かに拒否しなかった自分も悪い。思い当たる節があり過ぎて返す言葉が見つからないのだろう。
「……全く、貴方たちは棗さんに悪いと思わないんですか? あの人が気付いた時どんな気分になるか想像してみて欲しかったですよ」
そう言って、弓弦は少し離れた所で東海たちと話をしている雪之丞へチラリと一瞬視線を送り、一度目を伏せてからもう一度二人に向き直った。
「イチャイチャしたい気持ちはわかります。でも、そう言う事は二人きりの時にして下さいよ」
「……はい」
「ごめんなさい」
項垂れる蓮に、素直に謝るナギ。反省の色を見せたことでひとまずは満足したのか、結弦はヤレヤレと肩を竦めた。
「……あのぅ、……お二人って付き合ってるんですか?」
ようやく弓弦のお小言が終わったとホッとする間もなく、ひょっこりと現れた銀次が後ろから声を掛けてきた。
その手にはペットボトルが二本握られている。きっと飲み物を買いに行って戻ってきたのだろう。二人に気を使い、少し距離を置いて佇んでいる。
「――あぁ、ええっと」
何といえば良いのだろうか? 正直に付き合っていますと言ってしまえばいいのか。
しかし、万が一銀次が同性同士の恋愛に対して嫌悪感を抱くようなタイプだった場合、今後のコラボに少なからず影響するかもしれない。
「あ、すみません。直球過ぎました? それか、警戒されちゃってますかね? 大丈夫ですって! マスコミに売ったりしませんから」
「っ、いや……そうじゃなくって」
「ん? それとも、なんです? もしかして、人に言えないような爛れた関係だったり? 昼ドラみたいな?」
「ちょっ……っその言い方はいろいろと語弊があるような……」
「いや、それはその……っ!」
蓮とナギが弁解しようと口を開いた刹那。
「二人は恋人同士ですよ。ちなみに私が証人です。まぁ、この人達の場合爛れた関係と言うよりお互い無自覚にいちゃついてる感じですかね」
「ち、ちょっとゆづっ! うちのトップシークレットなのにっ」
「いいじゃないですか姉さん。そこのバカップルがナチュラルにいちゃつくから、この旅行でいずれバレますし。だったら、変な誤解が生じるより、今はっきりさせておいた方が後々面倒なことにならないと思いますよ?」
「……っ、バカップルってそんなはっきり言わなくても……」
いきなり肯定されて面食らう二人を他所に銀次はふむふむと納得したように頷いた。
「なるほど。トップシークレットでしたか。だったらあまりいじらない方がいいかなぁ」
「あの……銀次君。その、気持ち悪いとか思わな……」
「え? 別に。人それぞれですし。俺、そういうの全く気にしないタチなんで。二人が幸せならそれで良いじゃないですか。お似合いだと思いますよ?」
あっけらかんとした銀次の言葉に、蓮は毒気を抜かれてぽかんとしてしまう。
同性愛者を偏見の目で見る人も少なくない現代で、彼のように受け入れてくれる人は珍しい。
「そ、そうか。よかった……って、さっきのいじるとか、いじらないとかって何?」
「んー、実は、せっかく話題の獅子レンジャーキャスト陣との遠方ロケに同伴させてもらってるんで! これはもう、レアなお宝がざっくざくの予感しかしないじゃないですか! 撮っちゃいけないものは前もって避けておかないと! あ、そうだ! ご当地アイス!食べに行きません? ええっと、そうだ!そこの大人しそうな棗さん? でしたっけ。行きましょ?」
「へっ!? えぇっ、ボ、ボク?」
唐突に銀次が振り返り、席で大人しく液晶とにらめっこしていた雪之丞に向けてそう声をかける。まさか自分に話が降って来るとは毛頭思ってなかったのだろう。銀次に声を掛けられ、雪之丞は心底驚いたように肩をびくつかせた。
「はい! せっかくだから撮りに行きましょう! ね? ね? さぁさぁさぁっ!」
「っ、ちょっ……ちょっと銀次君。そんな急に引っ張ったら危な……」
「ち、ちょっと! 全く、強引な人だな……。仕方がないんで私も行きます」
雪之丞を引っ張り、嵐のようにバスを降りた銀次の後を追って、弓弦がぶつぶつと文句を言いながら降りていく。
「あーぁ、ゆづが降りちゃったらサービスエリア大混乱になっちゃうんじゃ……」
「ま、いいんじゃね? いい宣伝になるっしょ 此処のサービスエリアもアイスも。ついでにウチの番宣も出来て万々歳ってね」
呆然としている蓮の横で、美月と東海は苦笑交じりにため息を吐くと、それぞれ財布を手に取り出口へと向かう。
「俺もアイス買いに行ってきまーす」
「あっ! 待って! アタシも行く!」
バタバタと慌てて降りる二人を見送ると車内は一気に静まり返る。
バスの中に残されたのは、蓮とナギの二人だけだった。
静まり返った車内に、遠くからかすかに聞こえてくるざわめきが逆に耳に残る。
「……なんか、嵐みたいな人だね。銀次って」
「確かに。でも、いいんじゃない? 面白いし結構見てて楽しいよ。でも、黙ってたらちょっと強面でクールな印象だけど、しゃべると残念だよな、あいつ」
「ふはっ、ちょっ、銀次が可哀そうだって」
ケラケラと楽しそうに笑うナギにつられて蓮も思わず笑ってしまいそうになる。
「確かにちょっと強引な部分はあるけど。でも、明るくて良い奴だと思うよ? さっきも俺たちのこと気にしないでくれたし」
「うん、確かに。 まだ少ししか話したことないけど、一生懸命どうやったらコラボ成功するかって考えてるのがわかるよね。それにしても……ちょっと安心しちゃった」
「ん?」
「お兄さんのドタイプだったらどうしようかと思ってたから」
「酷いな。僕はキミ一筋だって言わなかったか?」
「言ったけどさ。銀次の顔と体が好みなんでしょう?」
口を尖らせて拗ねたようにナギが尋ねてくる。そう言えばそんな事を話したなと思い出し、蓮は苦笑いを浮かべた。
「あぁ。まぁ否定はしないよ」
「えぇっ、そこは嘘でも否定してよ! ほらやっぱりぃって思っちゃうじゃん」
「ハハッ。ごめんごめん。でもね」
蓮は優しく微笑みながらナギの頭をくしゃりと撫でた。
「キミが不安に思うことは何もないよ? だって僕は今、ナギだけを見てるから」
「っ……!」
そう告げるとナギは真っ赤になりながら口元を押さえた。照れているのか頬が赤く染まっている。
そんな可愛らしい反応を見せる恋人の姿に愛しさが込み上げる。
「……ずるい。そんな言い方……っ」
「したくなった?」
「……っばか……っ」
揶揄うように笑うとナギが軽く小突いてくる。その仕草が可愛くて思わず抱きしめたくなる衝動に駆られるが、今は我慢だ。
「……ついさっき、草薙君に怒られたばかりだし……ぐぬぬ……」
「なにブツブツ言ってんのさ?」
「なんでもない。……早くナギと思う存分とイチャイチャしたいって思っただけ」
「っば……か」
悪戯っぽく笑いながら答えるとナギがさらに顔を赤くした。そのまま視線を泳がせ、困ったように眉根を寄せた後、ナギは蓮の手をギュッと握り返す。
「俺もしたいって思ってるっていったら……どうする?」
上目遣いで照れたようにナギが囁く。
潤んだ大きな瞳が揺れている。その眼差しが自分だけを捉えていることに優越感を覚えずにはいられない。
「ナギ……」
彼の名前を呼んで顔を引き寄せると、ナギはそっと目蓋を閉じて待ちの姿勢を見せる。
その無防備な姿が愛おしくてたまらない。
蓮はゆっくりと彼の唇に自分のそれを重ねると舌を絡ませ深く口づけた。
「はぁ……」
唇が離れた瞬間漏れ出た吐息が互いの唇をくすぐる。
「ふふっ」
「なに?」
「ん? 幸せだなぁって思って」
「僕もだよ」
額を合わせてお互いの存在を確かめ合うように抱きしめ合う。
その時。
「もー、ゆづの知名度舐めてた~。わかってたはずなのに、行くんじゃなかったぁ」
「!?」
突然どかどかと大きな靴音と共に、車内にドッと人数が雪崩込んで来て二人はバッと頭を引いて距離を取った。
「でもまぁ、何人かファンの人にも会えたし、結果オーライじゃね? 美月も桃子の活躍応援してるってめっちゃ握手求められてたじゃん」
「そりゃ、そう……だけど……」
「ま、オレあってのピンクだからな! 感謝しろよ美月」
「はいはい。いっつもアタシは感謝してるわよぉ」
美月が少し疲れたように腰を下ろしながら水のペットボトルを口に運ぶ。その隣では東海がふふん、と鼻を鳴らしなぜか得意げに腕を組んでいた。
「あーぁ。折角のイチャイチャタイムだったのに」
「まぁ、でも仕方がないよ……続きは部屋で……だからね」
耳元でぼそりと囁かれ、ハッとして横にいる彼を振り返る。ナギは悪戯っぽく微笑むと意味深に口角を吊り上げた。
「続き……?」
「お部屋でね」
妖艶な笑みを浮かべてウインクする彼に思わずドキリとしてしまう。
(この子はどこでそんな誘い方を覚えて来たんだろうか)
改めて釘を刺したつもりかもしれないが、どうにも可愛いお誘いにしか聞こえず、蓮はクスっと笑った。
「オッサン、なにニヤニヤしてるのさ。キモいよ」
いつの間にかこちらを覗き込んでいた東海がジト目でこちらを見てくる。
「別に。なんでもないよ」
「ふーん。まぁいいや。それより、例の動画明日の早朝に撮影するからってさっき美月が言ってたから、一応伝えとく」
さらりと告げられた一言の意味がすぐには理解できず、蓮は一瞬呆けてしまった。
ようやくそれが、兄に対する寝起きドッキリだと気付いたのは数秒後で、蓮は慌てて顔をあげる。
だが、既にそこに東海の姿はなく、全員の乗車を確認した凛の合図でバスは再び目的地に向かって走り出す。
その車輪の音は、静かな夜明けを切り裂くように響き――やがて新たな波乱の始まりを告げていた。