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(なんで……こんなことに……)
山の中での撮影を終え、ようやくナギと二人きりになれるとウキウキしたのも束の間、手渡された部屋割りを見てみると、そこは兄である凛と同じ部屋だった。
「……」
「なんだ? 俺とじゃ不服なのか?」
「別に。そう言うわけじゃないけど……」
不満げな顔の蓮を他所に、兄である凛は何食わぬ顔で荷物を持って行ってしまう。仕方なくその後を追いかけるように重い足を引きずりながら彼の後に続く。
当然同じ部屋になれるとばかり思っていたのに、まさかの別室。
しかも、隣同士ではなく向かい合わせの部屋で、廊下を挟んだ反対側に雪之丞とナギが泊まるらしい。
撮影が終わるまでの1週間、毎日この狭い空間で兄と二人で過ごさなければならないと思うと少し気が重くなる。
そう言えば、明朝は寝顔ドッキリを決行するとか言ってなかっただろうか?
もしやこれは、自分も巻き添えを食うパターンなのでは?
いやいや、それか内側から鍵を開けろという事か。
どちらにせよ、自分にとってはあまり喜ばしい状況ではない。
兄にはバレないようにしないと……。ナギの動画撮影を邪魔してしまった経験もあるし、失敗したらまた何かしら文句を言われるのは間違いないだろう。
「……はぁ」
「なんだ。そんなに俺と同室が不服なのか?」
「違うって。ただ、ちょっと疲れたなって」
「年寄臭い事を言うんだな」
フッと凛が鼻で笑う。
「そりゃ、もういい歳だし」
「性欲だけは中高校生レベルで止まっていそうだけどな」
「うぐ……っ」
「図星だろ?」
「うるさいな。ほっといてよ」
揶揄われて恥ずかしくなった蓮が顔を背けると、凛は可笑しそうにクツクツと喉を鳴らした。
「お前は昔から分かりやすい奴だよな」
「そう? そんな事言うのは兄さん位だよ」
確かに、子供の頃は嘘をつくのが下手だったと自分でも思う。だが、それも中学生位までで、流石に今はそこまで露骨な態度は取っていないはずだ。
「兄さんは昔っから何を考えてるのかさっぱり読めないけどね」
何事にも動じないし、感情を表に出さない。
いつも涼しい顔で淡々と物事をこなしていく。
まるで機械のように正確で、冷徹で無慈悲。
彼に恋人が居たという話は聞かないし、誰かを連れ込んでいたという噂も聞いたことが無かった。
我が兄ながら謎が多すぎる。流石にあの顔で、この歳にもなって童貞と言うわけではないだろうが、それにしても女っ気が全く無いのは何故なのだろうか。
たまに冗談なのか本気なのかよくわからない可笑しなことを言う時があるが、冗談にしては悪趣味だし何を考えているのかよくわからない。
勿論、仕事柄あまり目立つような行動は出来ないのはわかる。だからと言って、あまりにも私生活が見えなさ過ぎる。
今日は機嫌が良さそうだし、思い切って聞いてみようか?
「兄さんってさどんな子がタイプ?」
思い立ったが吉日とばかりに尋ねてみれば、凛が飲みかけのコーヒーをテーブルに置き、ベッドに腰掛けた蓮に視線を寄越した。
「唐突になんだ?」
「いや、ちょっと気になっただけだけど。深い意味は無いんだ」
訝しげに眉を寄せる兄に、もしかしたらこの手の話題はタブーだったか? と一瞬焦る。
「そうだな……。強いて言うなら……、一見クールで真面目そうに見えるが、実は自由奔放な性格で、少しS気のある……」
「えっ、ちょっ…随分と具体的だね。S気質の子が好きなんて、兄さんがMだったとは知らなかったな」
兄の意外な性癖を知ってしまった気がして、思わず頬が引き攣った。
「いや。俺はMじゃない。調子に乗ってるソイツを組み敷いて啼かせたらどんなに楽しいか……なんて想像してるだけだ」
そう言って、意味ありげに口角を上げる。その笑顔は実に楽しそうで……、一瞬寒気が走った。
「真面目な顔してそんな事考えてたんだ……」
「想像するだけなら、タダだろう? 実際に手は出せないからな」
つまり、妄想だけで満足していると。なんともマニアックな趣味だと、蓮は呆れ半分に息を吐いた。
自分も人のことを言えた義理じゃないが、気難しそうな顔をしながら脳内ではとんでもない事を考えている。
「なんか、一番ドスケベなのは兄さんな気がしてきた」
「性欲魔神のお前にだけは言われたくない」
「……っぷ、ふははっ」
思わず二人同時に吹き出した。
兄とこんなくだらない会話をしたのはいつぶりだろうか。
最近は色々あり過ぎて、まともに言葉を交わすことすらなかった気がする。
真面目で、冷たくて、何を考えてるのかわからない人――そう思っていた兄が、こんな風に笑うなんて。
(……やっぱり、昔から俺にとっては特別なんだよな)
ナギと同じ部屋になれなかったのは正直残念だ。
それでも今は、たまにはこういう夜も悪くない――そう思えてしまった自分が少し可笑しくて、蓮は小さく息を吐いた。