【お願い】
こちらはirxsのnmmn作品(青桃)となります
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ご本人様方とは一切関係ありません
小児科医青×天才外科医桃
麻酔科医赤
小児科の看護師水
ICU専門医黒
緩和医療科医白
のお話です
桃視点
まろと生活がすれ違うようになって……いや違う、「すれ違わせるようになって」1週間が過ぎた。
あの時静かに涙を流した俺に、まろはそれ以上手を出してくることはなかった。
ただ戸惑うようにあいつの目が揺らいでいたのだけはよく覚えている。
…一線引いたのは、そっちが先のくせに。
そんなことを内心で毒づきながら、早朝から出勤して机の上で病理学の重い本を開くけれど、当然内容なんて頭に入ってこない。
あれから、考えてみた。
まろが小児科医になりたがっているのを俺が初めて知ったのはいつだったっけ…?
記憶の糸を手繰り寄せれば、それは高校生の頃だった気がする。
俺より一歳年上のまろは当然一年先に受験生になり、その時にどこの大学を目指すのか、何を専攻するのかを尋ねたはずだ。
あの時初めて、小児科医になりたいと聞いたんじゃなかったっけ。
だけどその時、その理由が語られることはなかった。
そのことに対して疑問は持たなかったし、特別な何かがあるとも思っていなかった。
だから今まろが隠すほどのことなのかと驚きさえする。
高校生のまろに、将来を決心させるような重要な何かがあったんだろうか。
…例えば、影響を受けるような誰かとの出会い、とか…?
「ないこ先生、今いいですか…?」
午後の診察を終え、一人でそんなことを考えていた頃、一人の看護師が遠慮がちに声をかけてきた。
病棟担当の看護師がわざわざ外来のここまで来ている…となると、何かがあったんだろうということは推測できる。
「どうしたの?」
席を立ちかけていた俺は、カルテの端末をスリープモードに切り替えた。
そうして看護師を振り返ると、申し訳なさそうな表情でこちらを見据える。
「802号室の石川さんが…」
言いにくそうに、一度声がそこで途切れる。
それきり口を噤んだ彼女だったけれど、その名前が出ただけで何があったのか予想はついた。
ふーっと細く長い息を吐き出して天を仰いだ。
それからもう一度彼女の方を振り返る。
「行くよ。俺から話する」
前を開けていた白衣をバサリと音を立てて着直して、ボタンを留める。
すぐに診察室から病棟の方へ足を向けた俺に、その看護師は心底ほっとしたような表情で一礼すると後に続いた。
802号室の前まで行くと、聞き覚えのある低い怒鳴り声が聞こえてきた。
石川さん本人だ。
若くてまだ未熟な看護師に当たり散らしているらしい。
「うるせぇな! 俺が何しようが勝手だろうが!」
「で、でも先生が…」
「うるせぇ!」
ベッドに上体を起こした態勢の石川さんが、近くの硬質なティッシュケースに手を伸ばしたのが視界に映る。
そしてそれを手に取ったかと思うと勢いよく振りかぶるものだから、俺は大股で彼女の前に躍り出た。
石川さんの手から離れたその箱が宙を舞い、勢いづいたまま俺の手の中に飛び込んでくる。
「…っ」
俺が来たことを知り、石川さんの表情は更に厳しくなった。
苛立ちが増し、だけどどこか気まずそうに目を逸らす。
後ろの若い看護師に「もういいよ」と言うように手ぶりで合図すると、彼女は泣きそうな顔で会釈をして一歩退いた。
手に残るティッシュケースを、俺はそっと彼の枕元に戻す。
「石川さん、また煙草吸ったんですか?」
ここへ来る間にあらかたの説明は聞いた。
どうやら禁煙指示が出ている彼が病室を抜け出し、こっそりと隠し持っていた煙草を吸っていたらしい。
ベッド脇に立ち、石川さんにまっすぐ目を向ける。
ベッドの上に腰を落ち着けていた彼は、バツが悪そうに「ふん」と鼻を鳴らすとがばっと掛布団をかぶってしまった。
…まるで子どもだ。
「前に説明しましたけど…手術が控えているので禁煙していただかないと困ります」
「俺の勝手だろうが!」
「全身麻酔を使う手術前の喫煙は、合併症のリスクが上がります。前にお話しましたよね?」
「どうせ死ぬんだろ!病気で死ぬか合併症で死ぬか煙草で死ぬか…それだけの差じゃねぇか!」
もう一度鼻であしらうように「ふん」と鳴らし、不貞寝のような態勢を取る。
はらはらと見守る看護師2人を背に、俺は石川さん本人からは見えないように小さく息をついた。
「そうならないように僕らがいます。一緒にがんばりましょう」
「うるせぇ!若造が!!」
今度は無遠慮に枕が飛んできた。
咄嗟のことで予想していなかったせいで、確実に顔面にクリーンヒットする。
パイプやビーズ素材の枕じゃなくて助かった。
軽めのそれは顔に当たっても大して痛みを訴えてはこない。
「僕の説明でご納得いただけないなら、改めて麻酔科の専門医から説明しましょうか」
麻酔前の喫煙がどれほどリスクがあるのか、りうらから直接説明してもらう方がいいのかもしれない。
そう思って提案したけれど石川さんが頷くわけもなかった。
もう一度小さく息をついて、俺は枕を彼にそっと返す。
…仕方がない。
ここまで平行線ではきっともう交わることがない。
「禁煙外来の予約入れておいて」
後ろの看護師を振り返り、そう指示をする。
精神科で禁煙指導してもらうしかもう方法がないだろう。
…遅すぎたくらいだ。
最初からそうするべきだった。
「おい、勝手に何言ってやがる!俺はそんなもん…!」
「石川さん」
声を荒げかけた石川さんの名を改めて呼ぶことで、俺はそれを遮った。
さっきまでより幾分かトーンを下げたのが分かったんだろう。
じろりと見据えるように振り返った俺の目に、彼は一瞬だけ怯んだように口を噤んだ。
「これが最後です。次に約束を守れなかったら強制退院していただきます。手術もうちではお引き受けできません」
「…はぁ!?お前に何の権限があって…」
「僕はあなたの主治医です。禁煙ができないなら、リスクのある手術をあなたに受けさせるわけにはいかない」
話は以上です、と締めくくって俺は白衣の裾を翻した。
カツンと床を叩く踵が硬い音を立てる。
まるで俺の苛立ちを表しているようだった。
…そう、単なる苛立ちだ。
普段ならもっとマシな言い方ができたかもしれない。
そう分かってはいるのに胸中のもやは消えず、最善とは言えない言葉を返してしまった自覚はあった。
そんな自分に内心で舌を鳴らしてしまう。
これじゃここ最近のプライベートの重苦しい気分を、八つ当たりのように彼にぶつけただけだ。
だからこそ…そんな考え事をしていたせいで、石川さんの病室を出たところで俺はビクリと肩を揺らした。
いつからそこで話を聞いていたのだろうか。
開きっぱなしだったドアの横の壁にもたれかかった人影が、揶揄するような笑みを浮かべていることに気づいた。
病室から出てきた俺と視線が絡むと、その目が細められる。おもしろそうに、おかしそうに俺を凝視していた。
「ふーん…」
小さく呟きながら壁に背を預け、腕と足を組んだ尊大な態勢。
それでもそれが絵になりすぎるほど手足が長かった。
(…誰、だ…?)
見覚えのないその人物に目を瞠る。
まるでこちらを値踏みするような眼差しは、今の俺にはバカにされているようにしか見えなかった。
薄いピンク色のドクターコートは、院内で支給されているものではない。
恐らくハイブランドの私物だろう。
ぱりっと糊のきいたそれに通した白い腕はすらりと伸び、長い髪を掻き上げる。
背中まであるストレートの黒髪は、艶やかでクセ一つなかった。
黒いパンツの下は、院内ではほとんど見かけることのないヒールの高いパンプス。
「あんまり賢明な物の言い方じゃないわね」
腕を組んだ態勢のまま、俺の目をまっすぐ見据えてくる。
見たことのない顔だ。
少なくともうちの外科にこんなドクターはいない。
何かを言い返したかったのに、うまく声が出ない。
いきなり非難するような声を向けられたのだから当然と言えば当然だ。
驚いて目を丸くする俺を一瞥して、「ふふ、まだまだ若いね」と笑って彼女は踵を返して去っていった。
その薄い笑みの浮かべ方が、俺の知っている誰かに似ている気もした。
後で紹介されたが、彼女は別の病院からうちに引き抜かれて来た女医だった。
研修医や若手医師の指導役にと、うちの院長や医局長が直々に声をかけたらしい。
彼女自身がまだ若手であるのにそんな登用を受けるとは、恐らく相当優秀なのだろう。
俺にとっては急に謂れのない絡み方をされたせいで、彼女の第一印象は最悪だった。
だけど周囲のスタッフからの評判は悪くない。
目を瞠るほどの美人だし腕もよく、完璧な女性に見えるのに気取ったところがないらしい。
意外に接しやすい性格らしく、同じ女性の看護師や事務員からも、来て早々好感を持たれる存在になっていた。
「ないこ先生」
だけど、一つ納得いかないことがある。
何日か経って気づいたが、評判がいいはずの彼女はやたらと俺には「絡んで」くる。
「さっきのカンファでの話だけど、ちょっといい?」
「…何ですか」
長い髪は、今日は青いゴムで結い上げられていた。
高めのポニーテールは女医ではあまり見かけないけれど、それが似合っているから誰も文句は言わないだろう。
そんなことを漠然と考えながら足を止めて、問い返す。
「今日話に上がってた患者さんの手術、術式をもう一度考え直した方がいいんじゃないかしら。アプローチする場所が悪すぎる」
「…は?」
思い切り眉間に皺を寄せて彼女を見た。
高いヒールを履いているとはいえ、彼女は俺とそれほど目線が変わらない。
恐らく素足でも170センチほどはあるのだろう。
「他の先生からは何も言われませんでしたけど」
「うん、そうだけど…あの患者さんの既往、持病をもう一度確認してみて。あのやり方だと合併症が怖い」
「……」
まただ。
ここ数日彼女からのダメ出しの嵐が止まない。
ただ、言われていることは間違っていないので、今回もきっと俺が見落としている何かがあったんだろう。
「…戻ったらすぐに確認します」
「うん、お願いね」
聞いたところ彼女は俺とは2歳ほどしか変わらないが、海外で働いていたこともあるらしく経験値が段違いだった。
だからこそ上からも期待されているんだろう。いきなり来て、もう既にこの外科で誰よりも注目を集めているのが分かる。
しかも中年以上の医師たちも、それを疎ましくも思わないのが彼女のすごいところだと思う。
人当たりもいいしすぐに輪の中に入ることができる。
…だからこそ、どうして俺にだけ注意や小言で絡み続けてくるのか理解できない。
彼女の物言いは嫌な言い方ではないけれど、決して柔らかいわけではない。
言いたいことは言う、そんな感じだ。
つまり遠慮がない。
こうも毎日続いてはさすがにうんざりする。
芯がある、凛としたその彼女の対人姿勢は脳の片隅で誰かを彷彿とさせたけれど、イヤな予感がして考える前に思考を停止した。
彼女の指導のせいというかおかげというべきか…そこから数日は更に余裕がなくなるほど忙しくなった。
仕事以外の時間は家でも机に向かって解剖学と術式の本を開く。
脳内でのシミュレーションと同時に、考えられるリスクをできるだけ並べた。
何が最善の方法なのか、ろくに睡眠時間も取れない頭で必死に考える日が続く。
「ないこ、ちょっと仕事しすぎちゃう?」
さすがに見かねたように、久しぶりに家で出くわしたまろが声をかけてきた。
机に向かったままの俺の背中に、遠慮がちな言葉がそれでも確かに刺さる。
「大丈夫」
そう答えるしかなくて、それきり耳も心も閉ざす。
もうどれだけまろの顔をろくに見てないだろう。
真正面から見返す勇気なんてないまま、今日も医学部生だったときのように長時間本と格闘する。
そんな日が続いてそろそろぶっ倒れるかもしれない、なんて漠然と思った日だった。
ミーティングが終わった後も席を立たず、横長の机に座ったまま資料に目を通していた時だ。
雑談がてらまだ室内に残っている数人の会話が、聞きたくなくても流れるように耳に入ってきた。
「えーじゃあ先生、今彼氏いないんですか? こんなに美人なのに?」
例の「ポニーテール女史」に、他の女医や看護師たちがそんな声をかけている。
…くだらない雑談ならどこか他でやれよ。
そんなイラつきは八つ当たりだと知っていたので決して口にはしなかった。
「いないのよねー。女医ってだけで結構敬遠されるし」
「あー、男って自分より立場上の彼女とか許せなさそうですもんね」
「ふふ。…あー、あとね」
何かを思い出したのか、彼女は一瞬言葉を止めて小さく声を出して笑った。
「高校の時付き合ってた人がよすぎてね、今も忘れられないっていうのも大きいかな。他の人と付き合っても結局何か違うなって思っちゃうのよね」
「えー素敵ー!」
素敵か?
勝手に耳に入ってくる会話に無表情を装い、内心で眉を寄せる。
資料にペンを走らせながら漏れ聞こえてくる会話は、耳を滑るように通り過ぎていった。
「そんなに忘れられないくらい良かった元カレって、ヨリ戻したいとか思うことありません? 今どうしてるのかとか気になりません?」
人の恋愛話がおもしろくて仕方ないのか、一人の看護師が目を輝かせながら話題に食いついている。
女子同士ではその無遠慮さを不快とも思わないらしい。
それともむしろ聞かれたがっているのかもしれない。
にこりと笑って、彼女が言葉を返すのも耳に届く。
「思うよ、今でも。だからここに来たの私」
思わず俺がペンを持つ手を止めるのと、彼女を取り囲む女性陣が「えっ」と声を上げるのが同時だった。
「私の元カレ、ここの病院にいるのよね」
資料に落としていた視線が、ゆるりと持ち上がる。
顔を上げてその会話の方向を見ると、嬉しそうに笑う彼女の姿が視界に映った。
高校の時好きだったという彼氏を思い出しているのか、幸せそうな表情で。
「小児科にね」
ウィンクしながら答えた彼女の言葉に、周囲が「えぇー!!」と賑やかに沸く。
その室内で俺だけが取り残されたように、ただ目を見開き唇を薄く開いたまま言葉を失った。
(続)
コメント
6件
投稿ありがとうございます!! 小児科、青、、、青さん…… 続きも楽しみに待っておきます♪
投稿感謝ですっ 女医さんの元彼...ポニテだし、小児科にいるし、ヘアゴム青だし...もしかしたら青さん? 次も気長に待ってます
投稿ありがとうございます🙇 女医さんの元彼もしかして青いヘアゴムしてたから青さんなんかな、? 次も楽しみです!