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#先生と生徒
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「元宮センセェ~!!」
「あれ? 今日は一人? 珍しいやん」
「それより、制服!! 見せに来ました!!」
入学式の後、最寄駅まで空を迎えに行こうと家を出た瞬間、自転車に乗った半沢くんに声をかけられた。
自転車から軽やかに飛び降りて、「じゃーん」と両手を広げて制服を見せてくる。ついこないだまで中学生やったもんな。初々しくて、本当に可愛らしい。
「可愛い、めっちゃ似合ってる」
「でしょ? 俺、絶対元より似合ってると思う」
ふふっと笑う顔は、本当に無邪気や。俺がこの子の好意に気づかなかったのは、半沢くんは上重くんのことが好きなんやと勝手に思い込んでいたからなんやけど。
「あ、カフェに行く日、上重くんに送ったけど大丈夫やった?」
「はい、俺はいつでもいけるんで! それより、入学のお祝いください!」
「お祝い? あー……今は何も持ってないなぁ」
「ううん、ぎゅーでいいです」
「ん? ぎゅー?」
「ハグ!」
いや、それは流石にまずいやろ。ここは外やし、俺のことを好きかもしれない子にそんなことをしたら、空が見ていないとはいえ良心が痛む。
「それは無理やなぁ、他は?」
「じゃあ……ハイタッチで」
半沢くんが無邪気に手を挙げて俺を誘う。まぁ、ハイタッチくらいならええやろ。
「はい、たっち!!」
パンっ、と乾いた音をさせて手を重ねた瞬間。
指を複雑に絡められ、そのまま捕まえられた。え、何? 中学生の握力じゃないやろ。
「ぎゅうぎゅう」
「ぎゅうぎゅう?」
指を絡ませたまま、むぎゅむぎゅと指を動かしてる。なんやこれ、今若い子の間で流行ってんのか?
「ハグは無理やから、こっちで『ぎゅうぎゅう』です」
ふふっと可愛らしく笑う半沢くんにつられて、俺もつい笑ってしまう。本当に子供で可愛いな。
「ぎゅうぎゅう」
「ふふっ、ぎゅうぎゅう」
「……おいこら。ぎゅうぎゅうちゃうやろ。何してんねん」
一瞬で血の気が引いた。
後ろから聞き慣れた、けれど、今までの人生で一番ドスの効いた空の声が響いた。
「あ、空さんとさっき駅前で会って。『こっちに真っ直ぐですよー』って教えてあげたんです」
いや待ってくれ。そんなことより、半沢くんの力が強すぎて指が離れへん!!何この状態! なんでいつも、半沢くんは俺を地獄に陥れようとするん!?
「空さーん! あ、やっぱり空さんや!」
地獄のような沈黙を切り裂いて、爽やかな声が響いた。自転車に乗った上重くんが、勢いよく俺たちの前でブレーキをかける。
「元、遅い! 俺、結構待ったで?」
半沢くんは、俺と絡めていた手をパッと離した。つい数秒前まで地獄の底にいたような感覚やったのに、半沢くんは何事もなかったかのような顔で上重くんに微笑みかける。……こわ。今の数分で、俺の心臓は寿命が縮む思いやったのに。
「上重くん、制服よく似合ってるな。かっこいい、お兄さんやん」
「え! へへっ、でしょ? ほら、はんちゃん! 空さんが俺のことかっこいいって!!」
自慢げな上重くん。空はその隙を見逃さなかった。
「ほら、入学のお祝いしたろ。今、流行ってるんやろ? ……ぎゅうぎゅう」
空が上重くんの手を取り、指を絡ませる。
「ぎゅうぎゅう」と囁きながら、艶かしく、そして優しく、慈しむように手を握った。
いや、違う!! 俺たちがさっきやってたのは、そんな作業じゃなかった! もっと元気でハツラツとした、健全なハイタッチの延長やったはずや!!
「空……さん、俺、……っ、」
すぐに、顔を真っ赤にし、足をクネクネさせ始めた上重くんに空がニヤリと微笑む。
「元!! 何してんねん!!」
半沢くんが慌てて空から上重くんを引き離し、その頭を叩いて正気に戻させた。なんやこれ。もはやコントにしか見えへんなってきたな。
「ほら、クソガキ。遊んでないでさっさと帰れ。……それから、俺の大事な人を当て馬に使うな」
空が冷ややかな視線を半沢くんへ向ける。
「なっ……そっちこそ!! 俺の大事な人に気安く触んな!!」
「ほら、元、帰るで!!」と叫び、顔を真っ赤にした半沢くんが、急いで自転車を漕ぎ出した。……え、どういうこと? 何が起きてるん?
「さ、行こか。……当て馬くん」
「誰が当て馬やねん」
ツッコミを入れながらも、俺の脳みそは完全にフリーズしていた。
半沢くんは俺のことが好きで、空に意地悪をしていたんじゃないの?あれ?なんか利用されてた?
俺の理解を置き去りにして、空は涼しい顔でインターホンを押した。