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#先生と生徒
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「じゃあねぇお母さん、はぐはぐ~」
「きゃ~空くん、はぐはぐ~」
玄関先で、うちの母親と俺のLoverが楽しそうに抱き合っている。
……うん、予測はしていた。こうなることは。
「お母さん、流石にお父さんが可哀想やから、そこまでにしとき」
無理やり二人を剥がし、「送って行くわ」と空の手を引く。
「ありがとう」と満面の笑みで手を振る幸せそうな空を見ていると、俺の今日の選択は間違っていなかったんやと確信できた。
「空、今日はわざわざ来てくれてありがとうな。お母さんもほんまに幸せそうやった」
「こちらこそ。今日一日、めっちゃ楽しかったわ」
色々含んだその笑顔が、昼間の惨劇を思い出させた。忘れかけていた冷や汗が、また背中を伝う。こんな情けない状態で、俺の告白は上手くいくんやろうか。
「……明日は、何時から?」
「十時からやから、ちょっと余裕はあるよ」
空からの質問に、淡い期待を乗せて答える。
家……行ってええんかな?それとも、昼間の事を反省して、後日に改めるべきなんか。
「じゃあ……もう七時過ぎやし、早く帰らんとお母さんに怒られるな?」
「いや、いつの門限やねん」
少し吹き出し、好きになる前の頃を思い出す。
空を意識していなかったあの頃は何ともなかったのに、今はもう、片時も離れたくないと願ってしまう。空は自分のことを「重い」と言うけれど、俺も同じや。空の重さが、俺にもうつってしまったみたいや。
「……今から空の家、行っていい?」
「……ふふっ。ええよ」
「よっし……」
小さくガッツポーズをすると、空が幸せそうに笑った。
昼間あんなことがあったのに、それすら笑って許してくれる。空は、俺なんかよりもずっと大人やわ。
♢♢♢
「……俺、空のことが本当に好き。他に誰もいらん。空の隣に、ずっといたい。……俺と、付き合ってください」
「……俺ももとちゃんの事ほんまに好き。もとちゃんの隣にずっといたい」
部屋に入って早々、飾らない言葉で真っ直ぐに伝えた。
空は、俺の言葉をなぞるような愛の言葉と、柔らかな温度で返してくれた。
「……でもお前、半沢くんの事好きになりかけてたやろ?」
「へ!?そんなこと!絶対ない!」
「嘘つけ。お前も甘い声出して、あの子の手を握り返しとったやんけ」
もう許してくれたのかと思ってた。けれど、現実はそう甘くない。
空の不安に揺れる瞳を、俺は真正面から受け止めるしかなかった。
「そんな風に見えたなら、ごめん」
「……俺はこんなに好きやのに、お前はすぐに誰かに惹かれて離れようとする。なんで、もとちゃんはいつもそうなん?」
そんな事実、一つもない。けれど、苦しそうに歪む空の表情が何より辛かった。半沢くんの件だけじゃない。俺は自覚なしに、空を不安にさせる隙を見せてたんやろうな。
「空っ……ごめん。俺、空しかおらんから……っ」
縋り付くように、空へ自分の想いをぶつける。
このまま空の心がどこかへ消えてしまわないように、俺の精一杯の愛で繋ぎ止めなければならない。
「……ごめんな、もとちゃん。せっかく楽しい日やったのに。反省してる」
「ううん、空が嫉妬してくれるくらい俺の事好きって事やろ?やから、嬉しい」
さっきまでの重たい空気は、嘘みたいに溶けて消えて。 重ねた唇から伝えた熱は、どんな言葉よりも俺の想いを繋いでくれた。
「うん、好き。今までの事全部、忘れるくらい」
ふふっと笑いあって、指を絡める。
「……ぎゅうぎゅう」
「こわ、全然忘れてないやん」
2人で腹を抱えながら大笑いする。親友で、恋人で。好きで、好き過ぎて、壊れてしまいそうになるけれど。でも。これからもこんな時間が続けばいい。
「空。これからは正式に恋人としてよろしくな」
帰り支度を整え、玄関で空に向かってゆっくりと右手を差し出す。
けれど、空はその手を取らなかった。
「……いや、俺、付き合うって言うてへんし」
「へ?」
「今までの事は忘れたるけど、まだ信用はしてへんからな。だから、まだ昇格はなし!」
「嘘やろ……」
力なくその場に崩れ落ちると、玄関先に、ドライフラワーになった一輪のピンクの薔薇が目に入った。
これからも俺は、安心することなく追いかけ続け、不確かな『Lover』として生きていかなければならない。
「……でも。お前のこと一番大切に思ってる。やから……頑張れよ」
何をどう頑張ればいいのかすら、もうわからない。
それでも、この時の俺にできるのは、呪文のように「頑張る」と同じ言葉を繰り返すことだけだった。