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「部長さんからは、資料作りがうまい有能な社員が困ったことになっているっていう情報を貰っていたし。社長に『私を雇う気ありませんか』、なんて聞いてくる度胸も買いだと思った」
その度胸は買われるところだったのか。
桶川さんは私の頬を触って上を向かせる。やばい、そんな色っぽい目で見ないでよ。私の気がおかしくなっちゃう。
「なにより、小さくて可愛いなって、思ったらもう十分だろ」
「……十分ってなんですか」
「だから。……惚れるのに、だよ。お前分かって聞いてるな?」
「分かりませんよ。だってそんなのあり得ない。私なんてチビだし、顔も普通だし、仕事だってちょっとのことで失敗しちゃうような根性なしで」
パンドラの箱を開けたみたいに、言わないようにしていたネガティブな言葉が私から飛び出してくる。
駄目だって、これ以上言っちゃったらもう私、涙が我慢が出来なくなるから。現に喉がひりひりしてきている。
「……桶川さんの傍に、こんな豆狸がいたらおかしいでしょう」
目が熱い、顔が熱い。眉をひそめている桶川さんの顔も、輪郭がぼやけて見える。
頬を伝った滴は顎を流れ落ち、床まで一気に落ちていく。
自然落下運動だな。
これって、恋する気持ちにも、適用できるのかもしれない。
いくら、彼には似合わないからなんて自分の気持ちを抑えようとしても、一緒にいるだけで想う気持ちは重量を増し、転がりだしたら止まらない。恋に落ちるのには抗えないんだ。
「あほ、何がおかしいんだよ。微笑ましいだろ、マスコットみたいで。……それに」
壁についていた両手が、私の肩を掴みぎゅっと胸に引き寄せる。
「お、桶川さんっ?」
「人にどう思われても、俺はお前がいいんだよ」
……「な、豆狸?」なんて、耳もとでからかうように囁いて。
私は、嬉しいやら悔しいやら複雑な気持ちになって、とりあえず思い切りしがみついた。
身長差三十五センチ以上の私の頭は、桶川さんの胸のあたりにぴったり頭が付く。背中に腕を回されたら、完全に包み込まれたようで、なんだかとても、安心してしまった。
しばらくそうしていたら、桶川さんに名前を呼ばれる。
コメント
1件
うわあ、ついに桶川さんが「お前がいいんだよ」って言ってくれた……! その一言のために積み重ねてきた31話だと思うと感慨深いです。豆狸呼びをそのまま愛称として受け入れて、身長差の描写まで愛おしそうに描くところがもう、こちらの胸にグッときました。自然落下運動と恋の比喩もすごく染みました。感情の動きが一瞬たりとも逃さず描かれていて、尊いです。坂野さんの繊細な心理描写、本当に素敵です🌷