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孤児院跡から村長の村まで戻ってきた。
その頃には日が暮れ始めており、農作業を終える頃だろう。
用事を終えたものの、これでは馬車を走らせることはできない。
一泊して、翌日帰るというのも納得だ。
「ルイス、今日はどこに泊まるの?」
「ん~、どこだろうなあ」
「えっ、あなた分かっていないの!?」
村人の家にお世話になると聞いていたが、決まった場所ではなく毎年宿泊する家が変わるらしい。
トキゴウ村は野菜を仕入れに商人が訪れるくらいなので、宿屋がない。
村の皆はルイスのことを息子だと思っているから、複数の家庭が手を挙げるのかもしれない。
私が驚いていると、ルイスは困った顔をしつつ頷いた。
「誰かに訊ねれば、どこか分かると思うぜ」
ルイスは一軒の民家を訊ね、女性に訊ねている。
女性は私たちが滞在する場所を教えてくれた。
この家は孤児院跡から一番近い場所にあるし、きっと村長が伝えてくれていたのだろう。
「ありがとう」
「夕食は若いもんが持ってくるだろうから、それまでくつろいでいて」
「え? あ、うん」
私は女性の発言が引っかかった。
ルイスも私と同じだったようだが、適当に返事をして会話を終わらせる。
私たちは教えてもらった道順に村を歩いた。
それは数件の民家を通り過ぎたところにあった。
木造の平屋で、周りの民家と比べると壁がくすんでいたりと築年数が少し古そうな印象を受けた。
庭の草は切り揃えられているものの、誰かが暮らしているような気配は感じられない。
「ねえ、いつもは誰かの家にお世話になっているのよね」
「そうなんだが……」
「聞き間違えたのかしら?」
「とりあえず、家の中に入ってみようぜ。俺たちの荷物が置いてあれば、この家だ」
いつも、どこかの家に泊まらせてもらっているとルイスは言っていた。
道を言い間違えたのだろうか。
私は近くの人に聞こうと提案するも、ルイスは家に入ってみようと私に言った。
確かに、家の中に私たちの荷物が置いてあれば、それが証明になる。
何かあったとしても士官学校生のルイスがいるから、後ろにさえいれば安心だ。
「おじゃましまーす」
扉を開け、私とルイスは家の中に入った。
中は静かで、人がいる気配はない。空き家のようだ。
掃除は行き届いており、ホコリはない。
内装はトキゴウ村の一般家庭が暮らす間取りとほぼ同じで、調理場とダイニング、リビングがあった。それらを確認しても私たちの荷物はない。
あと二部屋確認していないところがある。
私とルイスはそれぞれドアを開けた。
「あっ」
その部屋の中に、ルイスの荷物が置かれてあった。
「こっちに、ロザリーのトランクがあるぞ」
「ルイスのがここにあるわ」
私とルイスが開けた部屋はそれぞれ寝室で、私の方がベッドが大きく、洋服を収納するスペースがあった。きっと、夫婦の寝室になる場所だろう。
ルイスの部屋はベッドが一つと最低限の家具が並んでいて、客間か子供の寝室といったところ。
「えっと……、聞いていた話と違うんだけど」
「去年は、空いてる部屋を借りたんだぞ!!」
空き家にルイスと二人きり。
私たち以外に誰がいると思っていたのに。
聞いていた話と違うと、私はルイスを睨んだ。
ルイスは慌てた様子で去年と違うと言った。その様子から私に嘘は言っていないようで、当人も現状に驚いているのが分かる。
「あの、夕食を持ってくる話はーー」
「本当だろうな。待ってれば来るだろ」
「その間にもう一度、家の中を確認しましょう」
「……おう」
空き家で一夜過ごすとはいえ、部屋は仕切られている。クラッセル子爵が心配していることが起きる確率は低いはずだ。
私たちはもう一度、部屋の中を見ることにした。
今度は詳しく。置いてあるものを確認した。
すると、各部屋を照らす明かりには油が注がれていたり、キッチンには飲水やお茶を飲む食器を見つけた。
さらに暖をとるための薪や墨、公衆浴場で体を拭く布や、二人分の寝間着まで。
まるで宿屋みたいだ。
「まだ早いけど、火付けるぞ」
「うん」
ルイスはリビングの暖炉に薪をくべ、火打ち石で火花を散らした。フーフーと空気を入れ、火をつける。
その手際は子供の時よりも早く、手慣れていた。
「ロザリー、これ」
「ありがとう」
ルイスから火を貰い、私は五つの洋灯に火をつける。三つは各部屋に吊るし、二つは持ち運びが出来るようにした。
これで夜が来ても大丈夫だ。
「ルイス、ロザリーちゃん!」
「こんばんは」
夜に向けての準備を終えたところで、一組の若い夫婦がやってきた。
彼らはパンと湯気の出た、出来立ての料理を持っている。どうやら、これが私たちの夕食のようだ。
「ご飯を持ってきたよ! 温かいうちにお食べ」
「ありがとうございます」
私はそれを受け取り、キッチンのテーブル上に置いた。
「食器は適当なものを使っておくれ」
「わかりました」
「必要なものは用意したつもりだけど、なにか足りないものはあるかい?」
「いいえ。お気遣いありがとうございます」
「ああっ! 大事なものを忘れていたよ」
若い女の人が、私にあれこれ教えてくれた。
料理をよそい、食べるための食器類は揃っているし、井戸水をためた壺もあるから、食器類を片付ける事もできるだろう。
必要なものを問われたが、私はないと答えた。
彼女は思いだしたようで、料理ではないなにかを受け取った。
「……これは?」
「使い方分からないのかい!?」
「はい。そのーー」
女性から受け取ったのは、薄い桃色の液体が入ったビン。
液体に触れてみると、打ち身や捻挫などに塗る軟膏のような感触がした。ネバネバしていたのだが少し経つと肌に張り付き、離れない。
「へえ、ルイスと経験済みだと思ってたんだけどねえ」
「けいけん……、ずみ?」
「まあ、持っておきな。今日使うかもしれないからね」
「あ、ありがとうございます」
よくわからないが、女性の厚意なので私はその液体を受け取った。
私は瓶の中身をじっと観察していたが、横からルイスがそれを奪い取った。
「お前ら! ロザリーになんてもん渡してんだ!!」
ルイスは夫婦に怒鳴りつける。
顔が真っ赤だ。
「ロザリーはお前らと違って貴族なんだぞ!! 知らないに決まってんだろ!!」
「ルイスがロザリーちゃんを連れてきたからな。予定を変更して、俺らの家からここにしたんだぜ」
「っ!?」
「今夜はお楽しみに」
ルイス一人であれば、今夜は彼らの家に泊まる予定だったらしい。
私が一緒に来たから、村の人達が気を遣ってくれたらしい。
空き家で二人きりになった理由は分かった。
けれど、ルイスの顔が真っ赤になっているのと、用を終えて去ってゆく夫婦がなぜ互いにニヤついているのかは分からなかった。