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トキゴウ村の人たちの厚意で、二人きりで過ごすことになった私とルイス。
ルイスは真っ赤な顔で女の人に貰ったドロドロした桃色の液体が入った瓶を見ていた。
その様子から、それをどう使うのか分かっている様子。
「ねえ、それって――」
「今は知らなくていいものだっ!」
私がその瓶について問うと、ルイスは口早に私の話を遮り、瓶を持って自分の部屋に入ってしまった。彼は少し経って部屋から出てきたが、彼の手にはその瓶はなかった。
「それよりも、飯にしようぜ! 早く食べないと冷めちまうだろ」
「そうね。食器を用意するから、ロウソクに火を灯してくれるかしら」
話を完全に逸らされたけど、若夫婦たちが持ってきてくれた料理を無駄にするわけにはいかない。
私は疑問をぐっと飲みこんで、食器のホコリを布で拭き取り、一方をルイスに渡した。
ルイスは食卓の手元を明るくするための燭台をテーブルの中央に置き、そこに立てられていたロウソクに火をつけた。
飲み水をそれぞれのコップに注いだところで夕食の用意が整った。
「頂きます」
私たちは黙々と料理を食べる。
屋敷で食べているような栄養バランスが考えられたフルコースではなく、パンに野菜と豆が入ったスープだけと必要最低限の料理。
貴族の養女になってから、こういった食事は摂ったことがない。
けれど、その前は毎日食べてきた。
母やルイスを含む孤児院の子供たちと。
「美味しいね」
「へえ、貴族令嬢になったらこういう料理食べられないって騒ぐのかと思ったぜ」
「そんなことないわ。ご馳走してくれるんだもの。ありがたく頂くわ」
ルイスはパンをスープに浸し、柔らかくしたものをスプーンですくって食べていた。
私はパンを一口サイズにちぎり、何度も咀嚼して素材の味を味わっている。
パンは固く、スープも塩味しか感じられない。
屋敷の料理には遠く及ばないけれど、ご馳走してくれたという気遣いだけで美味しく感じられる。
「あなたも、ライドエクス侯爵家のまかないや士官学校の学食で舌が肥えたんじゃないの?」
「まあ……、トキゴウ村にいた頃よりは旨いもん食ってたな」
私もルイスに言い返した。
ルイスは優秀な騎士を輩出するライドエクス侯爵家の使用人だった。
子供の世話役を任されていたため、他の使用人よりも良い待遇を受けていたはず。
士官学校での食事も、肉や卵など栄養価の高いものを食べてきたはずだ。
事実、私の思った通りの答えが返ってきた。
「もし、私がお姉さまに拾われず、あんな事件が起こらなかったら……、私たち、どうなっていたかしら」
「想像しても仕方ねえだろ。”もしも”の話なんだから」
話題を広げようとしたら、ルイスにぴしゃりと言われてしまった。
”もしも”の話を延々しても、それが叶うわけではない。
不毛な話だと言われるのは当然だと思った。
「……」
「俺は、好きな人を連れて村を出たと思う」
沈黙の後、食事を終えたルイスが、遅れて私の質問に答えた。
「好きな人……? ルイスにそんな人いたの!?」
「まあな」
ルイスに想い人がいたなんて知らなかった。
その相手は、この村にいたらしい。
「出会った時は、人形みたいに綺麗な子だと思った。時々笑った顔が可愛くて、この子とずっと一緒に居たいなと思ったんだ」
「……」
「ガキだった俺は、その子の興味を惹きたくてあれこれ突っかかってた」
あれ?
ルイスの一人語りを勝手に聞いていたが、彼の言葉に引っ掛かった。
子供の頃のルイスは、なにかあれば私に嫌味を言ってきた。
私は喧嘩になるようなことを言ってくるルイスがあまり好きではなかった。
けれど、互いに年長ということもあって、年下の世話や村の農作業の手伝いで一緒になるし、神父が教えてくれる勉強の範囲が同じだから、避けることも出来なかった。
母の形見が暖炉に入ってしまった件は”許した”とはいえ、嫌な思い出だ。
当時のルイスがそれらのことを私の興味を惹くためにやっていたとしたら。
(ルイスは私のことが好き”だった”?)
一つの結論に至るも、うぬぼれてはいけないと気持ちを抑えた。
平常心を装いつつ、私はルイスの話を聞く。
「勉強していい子にしたら、どっかの家の使用人として働けるかもしれない。その稼ぎで女の子と暮らしたいって妄想もしてたな。今、思い出しても痛い思い出だぜ」
「そうなんだ……」
ルイスには壮大な人生設計があったようだが、彼のような未来計画は私にはなかった。
マリアンヌに拾われず、悲惨な事件が起きなかったら、私はずっとトキゴウ村で暮らしていただろう。村人の誰かと結婚して、音楽と無縁の生活を送っていたに違いない。
「ルイスは子供の頃から大きな夢を持っていたのね」
「今も夢はある」
「それは……、騎士になること?」
「ああ」
ルイスには成長した今でも夢があるらしい。
今のルイスの夢は、騎士になること。叶えるために彼は勉学や剣術の訓練に励んでいる。
「お前は?」
「私は――」
夢はあるのかと問われる。
私はその問いに答えられず、俯いてしまう。
話題を避けるように、私は残っている食べ物を口に入れた。
食べている間はルイスの問いに答えなくていいからだ。
「ないんだな」
「……うん」
私には夢がない。
音楽科に編入し、卒業して舞台に立ったり、指導者としての資格を得るのも、義父のクラッセル子爵が望むから。
「お義父さまとお姉さまが喜ぶ道に進むこと。それが私の目標……、なのかしら」
考えた末、私の答えがこれだ。
私の行動原理はクラッセル子爵とマリアンヌにある。
二人が喜ぶ選択をすること。
それが今の私の生きる指針だ。
「ふーん」
私の答えを聞いたルイスは、肯定もせず否定もしない反応を示した。
そこで話が途切れ、ルイスは席を立ち、空になった食器を台の上に置いた。
食べ終えた私も、それに自分の食器を重ねる。
「それはあいつらに”拾われた”からなのか?」
時間差でルイスに問われる。
その問いは核心を突くものだった。
「そうよ」
私はクラッセル子爵家に拾われ、義父と姉に愛されて育った。
衣食住困らない生活。好きな本をいくらでも読ませてくれるし、平民の私にピアノとヴァイオリンの弾き方を教えてくれた。二人のおかげで贅沢な暮らしをさせてもらっている。
けれど、私が恐れているのは二人が望む道を踏み外したことで、捨てられるのではないかではない。
「二人の望む通りの子でいれば”ひとりぼっち”になることはないもの」
再び、ひとりぼっちになることを恐れているのだ。
私は自分の奥底にあった本音をルイスに吐き出した。
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