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すっかり眠りこけてしまったレインくんを背負い、タクシーを拾って、自宅に帰ってきた。
「レインくん、俺の家に着いたよ」
話しかけても薬が効いている彼には、その声が届かないだろう。
マンションの鍵を開け中に入って、玄関にレインくんを降ろし、靴を脱がせてから、よいしょっと横抱きして、真っ暗なリビングから寝室に、直接運び入れる。
細いその躰を丁寧にベッドに横たわらせ、間接照明の明かりをつける。天井から吊るされたスポットライトが、ベッドの足元を照らすから、布団に入った後は、遠くがぼんやりと光っているので、意識もまどろんで眠りやすい仕様にしていた。それだけじゃなく――
「……ほのかな明かりが君の顔を、更にキレイに見せてくれるね」
さっさと着ている服を脱ぎ捨て、レインくんが着ている服に手をかける。ジャケットは型崩れしないように、きちんとハンガーにかけてやって、シャツは自分のものと一緒に洗濯機に放り込んだ。
小麦色に日焼けしている上半身を眺めながらベルトを外し、長い足からスラックスをいそいそ脱がせて畳んでやり、傍にある椅子の上に置く。
されるがままでいる彼に腕を伸ばして、下着を脱がせようとしたときだった。
「う、んな顔すんなって……笑ってろよな」
口元に薄い笑みを湛えながら、寝言を呟いたレインくんにビックリした。そのセリフを誰に向かって告げたのか、つい気になってしまい、伸ばしていた手を慌てて引っ込めて、ぎゅっと拳を作る。
「夢の中で、接客しているのかな? それとも俺に向かって、笑いかけてくれたのだろうか……」
枕の上に、少しだけ伸びた綺麗な金髪を散らして、背中を丸めて寝ているレインくんの頭を、ゆっくりと撫でてあげる。
はじめて彼を見たとき――コンビニの外からその姿が目に留まり、着ている服装や雰囲気などで、現在恋愛をしていないと感知。難なく落しやすそうだと判断して、日サロの店長に電話した。
「こんにちは。いきなりだけど、お願いがあって」
『なぁによぅ。秀ちゃんのためなら、何だってするわよ。いつも私ばっかり、お世話になってるんだから』
「なら話は早い。落せそうなカモを見つけたんだよ。何かと理由つけて職場に引っ張り込んで、そっちに連れて行くから」
彼が手にしていた雑誌が、バイト情報誌だったのもあり、職を探しているのは明らかだった。
あれこれ打ち合わせしてから電話を切り、コンビニの中に入って、彼に声をかけた。
まずは一目惚れさせる裏技をすべく、じっと顔を見つめてやる。
人は一目惚れをすると、約5~7秒の間は見つめているらしい。裏を返せばその間、目を合わせ続けられれば、相手に一目惚れをさせている錯覚を作ることが出来るというワケ。
人の脳は、見つめたから好きになったのか、好きだから見つめたのか、区別が出来ないらしい。ぶっちゃけた話、これは異性間だけのこと。同性同士だと、つい相手と自分を比較してしまうからね。
しかしながら長い間、異性を相手に仕事をしていたせいで、見つめるのがクセになってしまって、思わずやってしまう。簡単に、恋に落ちてはくれないものかと。
だが作戦は、あえなく失敗に終わったので、次の作戦として、日サロの店長に、俺の話をしてもらうことにした。
意中の相手の好感度を上げる方法のひとつで、好きな人と自分の間に共通の友人がいる場合、その友人を通して自分の良い所を伝えてもらうと、相手からの評価が劇的にアップするという小技。
これをウインザー効果といい、間接的に伝えた方が、より効果が高まる。この方法だと、話に信憑性が増すんだ。
大倉さんはいい人だということを、彼の頭に刷り込んでもらった。ゲイということが分かっても、日サロの店長が誇張して、俺のことを伝えてくれたお陰で、仕事中も変に避けられずに、一緒に仕事が出来た。
そして恋愛の鉄則――押してもダメなら引いてみなを実践。
自分の想いを伝えるべく、ウザがられるのを見越して、これでもかと触れ合いつつ、好きだと連呼してやる。
しかしながら、きちんとタイミングを計って、それを仕掛けなければならない。印象に残るような場面を見極め、見つめながら告げたり、耳元で囁いたり。
大抵は、この時点で落ちてくれる場合が多いのに、レインくんは一筋縄ではいかない相手らしく、素っ気ないままだった。
自分が彼を惹き付ける、魅惑的な容姿をしていたらなと、思わずにはいられない。
「だから引いてみたんだよ、君の気を惹きたかったから。なのに……」
頭を撫でていた手を移動させ、薄い唇をなぞるように触れてみた。
「この唇で俺のことを、好きだって言ってほしいのにな」
押し続けてダメだったから引いてみた途端に、レインくんの人気が急上昇した。いきなりの出来事に首を捻っていたある夜、日サロの店長が電話で、彼が店にやって来て、いろいろ勉強しているという話を聞き、感心させられた。
孤軍奮闘している君を見て、労いの言葉だけで片付けるのは、かなり至難のワザだった。俺のためじゃなく、店のために頑張っていると分かっていても、すごく嬉しくて。どうしても手に入れたくて、堪らなくなった。
「わざわざ薬を使って眠らせ、ここに連れて来てしまったのに、これ以上手が出せないなんて、何をやってるんだ……」
既成事実さえ作れば、こっちのモノ――無理やりキスしたみたいに、抱いてしまえばいいだけなのに。
「計算し尽くして落とし込むはずが、自分がどっぷりと落されているなんて、笑うに笑えないじゃないか」
お店にとって、金の卵であるレインくん。その殻にノックしても反応が返ってこないから、こじ開けてやろうと思ったのに、どうしたらいいのか分からないなんて、バカげているのにも程がある。
――彼自ら、殻を破ってはくれないだろうか。
「……慣れない恋は、するものじゃないな。自分が酷く惨めに見えてしまう」
結局手が出せないまま、一緒に布団の中に入った。後ろからぎゅっとレインくんを抱きしめ、その存在を愛おしく思いながら眠りにつく。
せめて夢の中では、俺に笑いかけてほしいと思いながら――