「このあばずれ女!!!」
退社しようとビルから出てきた私は、いきなり見ず知らずの女に思い切り平手打ちをされた。
── な、な、何が起こった!?
涙で潤む目で、平手打ちをかました女を見た。周りには同じように退社した社員が、呆気に取られてこの騒動を見ている。
「修二と不倫している証拠はちゃんとあるのよ!必ず慰謝料を請求させていただきます!!!」
── 修二って誰!?
私は混乱する頭を何とか整理しようとした。
「あの、修二って誰ですか?」
「ちょっと、この後に及んでしらばっくれるつもり!?これをよく見なさい!」
彼女は写真を封筒から何枚か取り出して私に突きつけた。よく見ると朝比奈さんと一緒に歩いている私の写真がある。
── 修二って朝比奈さんのこと?
写真は何枚かあって、1枚は私と彼が一緒に映画館に入る所、あと二つは私と背格好の似た女の人と朝比奈さんがホテルに入る所と出てくる所だった。
私たちの周りにはすでに人だかりができていて好奇心の目にさらされている。
── 朝比奈さん、結婚してたのか。あのヤロー。
ひりひりする頬を手を当てた。これは絶対に手形が付いてるに違いない。
「朝比奈さんとは確かに誘われて映画館に行きましたが、本当にそれだけです!ホテルには絶対に行っていません!そもそも結婚していらっしゃるとは知りませんでした。それでも不快な思いにさせたことは謝ります。申し訳ありませんでした」
私はとりあえず頭を下げた。同じ女として、彼女に辛い思いをさせた罪は知らなかったとはいえある。
「あなたねえ、これどう見てもあなたでしょう!」
朝比奈さんの奥さんは真っ赤になって、ホテルで取られた写真を突きつけてくる。確かに髪型や色、背格好は私に似ているが、帽子を深く被っていて私にも誰だかよくわからない。
するとビルの方から朝比奈さんが慌てて出てくるのが見えた。
「鈴!お前こんな所で何してるんだ!?」
私と奥さんを交互に見ながらみるみると青ざめていく。
「修二!あなたがこの女と不倫してるのはわかってるのよ。いい?必ず慰謝料を請求してやるから!」
「だからそれ私じゃありません!」
「な、何だこの写真は!?お前人のことつけ回してたのかよ!」
朝比奈さんと奥さんは、私を間に挟み取っ組み合いを始めた。私はぶちギレて朝比奈さんを突き飛ばし彼と奥さんの鈴さんを睨みつけた。
「朝比奈さん、結婚してたくせに私に言い寄ってたんですか?本当に最低です!しかも他に付き合ってるって言うか不倫してる人がいるのに。付き合ったりしなくて本当に良かったです!奥さん、ホテルの写真は私じゃありません。彼が不倫しているのは私じゃなくて別の人ですよ。この際ちゃんと二人で話し合ってください!!」
私は怒りを露わにし、頬を押さえると呆然と立ちすくむ見物人をかき分けるようにその場を立ち去った。
もちろん朝比奈さんとは付き合ったことはないので、奥さんには何度も説明してなんとなく誤解は解けた。それでも社内で色々な噂が広がり、結局いたたまれなくなってしまった。
その後退職したが、今度は朝比奈さんが奥さんと離婚すると言いだしてストーカーの如く私が住んでいるアパートに来るようになった。結局そのアパートにいることもできず、丁度契約更新の時期も迫っていたことから、解約してお引越し。
全くこの容姿は損である。女性からは妬まれ、ろくでもない男から言い寄られ問題が後を立たない。可愛いものが好きでお洒落したいのに、目立つ為それすら安心してできない。
私はよちよちと歩くココアとポテトを見た。
犬は可愛い。何せ私の見た目で判断しない。私の事を好きになってくれるのは純真な心からだ。その裏には下心も何もない。
朝比奈さんの事件から最近よく思う。もう変な男に言い寄られるのはこりごりだと。私には男も恋愛も必要ない。おそらく犬がいれば一生幸せに暮らしていける──
次の日、私は面接の時と同じ格好で新しい職場、桐生クリエーションのあるビルの前に立った。
髪は後ろにきつく一本に結び、長めの前髪はピンできっちり留めている。顔には分厚い眼鏡をかけ、洋服も地味な体の曲線が全く分からないグレーのスーツだ。
生きて行くためには仕事をするしかない。そして変な問題でまた会社を辞める羽目になりたくない。今度は静かに目立たないよう仕事をして長く勤められるよう頑張ろう!
そう決意した私は、よしっと意気込むと新しい職場へと一歩踏み出した。