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うわあ……このエピソード、すごく胸に刺さりました。「悲しんだ」と「悲しいと思った」の違い、自分もなんとなく感じたことがあるけど、ここまで言葉にしてもらえると腑に落ちるというか。 おじいちゃんの死を「他人事」と語る主人公が、後半で自分が死ぬことを考えて初めて恐怖と涙を流す流れ、静かだけど凄みがありました。同じ“悲しみ”でも視点が変わるだけでこんなに色が違うんだなあ。岳人くんの泣き顔を想像したくないってところに、ようやく実感としての愛情が芽生えた気がして、切なかったです。
あたしは割と最近、一緒に暮らしていたお爺ちゃんを亡くしている。お爺ちゃんは癌だったらしく、そう宣告されて一年くらいでこの世を去った。
みんな涙を流して、心を痛めて、死という運命を呪っていたみたい。あたしは異常なのだろう。涙も出なかったし、亡くなったことが特別なことではなく、そういう定めであってついにお迎えが来たのだな、としか思えなかったのだ。そう、他人事だったのだ。自宅の和室に置かれた遺体の顔を見て、あたし以外のみんなはずっと嗚咽を漏らしていた。お母さんは、
「お爺ちゃん生き返って。」
と言いながら大粒の涙を流していた。
幼くて死など理解していない岳人でさえ、
「じいたん。じいたん。早くおはようしてよお。」
と泣きじゃくっていた。お葬式が終わってもみんなすごく元気がなくて、お父さんが、
「いつまでもめそめそしていたら、お爺ちゃんが安心して天国に行けないからもう泣くのは止めよう。」
と言って、みんなやっと涙を流すのを止めた。あたしにはお爺ちゃんの話をしなくなったこと、無理に亡くなったという事実から目を逸らすのが不思議で、違和感があった。
一応言っておくけどあたしだって、悲しいと思ったよ。だけど、他の家族との違いは、みんなには「悲しい」だったものが、あたしには「可哀そうと思う」ものだったのだろう。 ほんの少しの違いなのかも知れないけど、あたしはみんなより心に優しさが足りなかったのではないだろうか。
お爺ちゃんは亡くなる瞬間どんな気持ちだったのだろう。やはり死が怖いと怯えていたのだろうか。それにしては、お爺ちゃんの死に顔はとても清々しく見えたのだけど。
あたしは今、死が怖いし、悲しい。お爺ちゃんが亡くなったときは他人事だった死というものが身近なものだと痛感する。おじいちゃんの前で泣きじゃくっていた岳人を幼いと言ったが、実は幼いのはあたしの方だったのではないだろうか。
もしも、あたしがあと三年強で死んだら家族のみんなはどんな声を出してくれるのだろう。やはり涙を流してくれるのだろうか。どんな顔であたしの死体を見つめるのだろう。想像が及ばない。いや、岳人の泣き顔なんて想像したくもない。あたしが死ぬことも怖ろしかったけど、岳人達に悲しい想いをさせることも悍しい。死に恐怖を感じる理由ははっきりとは分からなかったけど、岳人を泣かせることは明らかに忌まわしい。それは理由が分かるとか分からないではなくて、理由などないのだ。もしかしたら岳人達に嘆かわしい思いをさせなければ、死が与える恐怖心など耐えられるものかもしれない。それは願望でもあり、期待でもあった。
あたしの溢れる涙を止めることなど敵わなかった。どうして涙が流れるのか分からないのだもの。止める術など分かるはずもないでしょ。まったくこの世は分からないことばかりで不便で仕方がない。
夜はとにかく長かった。死ぬという事実が怖ろしい。そのことで誰かが泣いてしまうことはとても切ない。ふたつの感情は途切れることなく交互に続いて、いつの間にか窓の隙間から朝日が差し込んできた。
それが何時だったのかは確認もしていない。ただ、さすがに苦しみ疲れてようやく眠りに堕ちた。その後、目が覚めたときのこともあたしはまるで覚えていない。
月城ーrukiー
206
naf
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