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スモークチキンとアボカドのサンドは、想像していたよりもしっかりとしたボリュームだった。スモーキーな香りとアボカドのやわらかさがよく合っていて、ひと口ごとにほどよい満足感があった。
美味しかった──けれど、心はどこかそわそわして、落ち着かなかった。
カフェを出る頃には、陽射しはさらに鋭さを増していた。
坂をのぼる途中、岡崎のスマホがふたたび震える。
「……あー、はいはい、はい。で、それって──うん。なるほどね」
応答しながら、岡崎はスマホを肩と頬のあいだに器用に挟み、肩にかけていたウエストバッグを胸のあたりまで回し折りたたんだ資料を取り出した。
片手でざっと目を通しながら、もう一方の手で陽射しを避けるように額の汗をぬぐう。
通話は淡々と続いているが、その目はすでに次の手を探るように資料の一点をじっと見つめていた。
歩みが少しだけ遅くなり、通話を終えると、無言のままスマートフォンを見つめ、ため息のような息を吐いた。
「ついてないな…今度は機材トラブルだってさ」
「え?」
「撮影チーム、さっきの移動でカメラとドローン、どっちも一時的におかしくなったらしい。たぶん熱と湿気。で、データの確認が必要だから、一回東京のスタジオに持ち帰ってチェックするって」
「……じゃあ、午後の撮影は?」
「全部ストップ。で──」
岡崎がこちらを見て、少しだけ目を細めた。
「明日の朝イチで、稲村ヶ崎。ちょっとロケ地変わるけど、そこは午前の光じゃないと、画になんないから。今日のロスぶん、どうしても回収しないと。
都内戻っても結局また早朝にこっち来ることになるし、現場組はこのまま湘南で待機ってことになった」
「えっ」
「だから、泊まり、ってことになる。急で悪いけど」
少しのあいだ黙り込んで、それから小さくうなずいた。
「そっか……泊まりか。あたし、今日、用意してきてないや……」
「だよなぁ。俺も同じ。タオルとコンタクトくらいしかないし」
そう言って、岡崎は自分のバッグを軽く持ち上げる。
「でも、現場判断としてはそれしかない。明日の朝勝負。悪いけど、LIVELのほうには俺のほうでも一本入れておくよ」
「……うん。ありがとう。あたしからも連絡する」
口には出さなかったが、心の奥に一瞬、ざらついた何かが広がった。
──このロケ、スケジュール組んだのは私。
無理な移動が続いたのも、あの経路にしたのも……
ほんの少しでも、私のせいだったら──
そんな考えが喉元まで上がりかけたとき、岡崎が立ち止まって、すっと顔をこちらに向けた。
「あのさぁ…お前もしかして、今ちょっと、やらかしたかもって思ってたりする?」
「えっ……」
「まあ、仮にスケジュールの組み方が一ミリ関係してたとしてもさ、機材がへばるかどうかなんて、誰にもわかんないよ。湿気とか風とか、そんなん現場行ってみなきゃ分かんないんだから」
言葉に詰まって、目線を落とした。
「ていうかさ、現場で“なんでこうなった”とか言い始めると、マジでみんな黙っちゃうのよ。
だから今、藤井が『どうしよう』って顔しないのが、いちばん大事」
「…あたし…そんな顔、してた?」
「うん、してたね。ちょっとしてた。三秒くらい」
そう言って岡崎は笑った。
おどけた口調だったけど、声の芯は穏やかだった。
「大丈夫。ちゃんと回ってるよ。俺も、チームも。
で、明日の朝、ちゃんと撮れりゃそれでいい。終わり良ければなんとやら、でしょ?」
強い日差しを背にしながら、それでもどこか少年みたいな表情だった。