テラーノベル
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「おい、桐島てめぇなんだこの報告書は!! 誤字脱字が多すぎるって何回言えばわかるんだクソが! 文法もなってねぇ。今すぐやり直せ! 書類以前の問題だ!」
「あ? 何処がだよ!?」
「口の利き方もなってねぇな、マジで……。小学生からやり直して来るか?」
「なっ、俺はもう二十歳越えてんだよ!」
「はいはい、そんな事は知ってるよ。でも、社会人としての言葉遣いがなっちゃいねぇって言ってんだ」
「ぐっ……」
「お前、俺に口答えする為にここに来たのか? 違うだろうが」
理人の容赦ない正論にぐうの音も出ず、一臣は唇を噛み締めて俯いた。 一臣が来てから一週間。毎日がこの調子で、フロアには理人の怒号がたびたび響き渡っている。
初日こそ皆、社長の甥という肩書きを持つ一臣のことを遠巻きに眺めていたが、今ではすっかり日常の風景になり、誰も気にする者はいない。
その怒鳴り声を聞きながら、瀬名は小さく寂しそうな微笑みを浮かべた。
(楽しそうだなぁ……)
真奈美の件では、理人の心を深く傷つけてしまった。未だに仲直りをするきっかけが作れず、謝る事すら出来ていない。
一臣の教育係に任命されたのは瀬名だったはずだ。ある程度の仕事は覚え込ませたものの、一臣は書類を作成すると、瀬名が目を通す前に勝手に理人の所へ持って行ってしまう。確信犯的なその行動に、瀬名は苛立ちを募らせていた。
結局、理人は一臣の教育にかかりきりで、自分の仕事を後回しにしている。必然と残業が増え、瀬名が理人と会話する機会など全くと言っていいほど無くなっていた。
本来なら、教育係である自分が叱責を受けるべきはずなのに、冷え切った関係のせいか、理人からは一切のお咎めがない。 そのことが更に気まずさを生んで、益々二人の距離が出来たように感じてしまう。
元々、理人はあまり感情を表に出さないタイプだったが、それでも一緒に過ごした時間の中で、少しずつ柔らかな笑顔を見せてくれるようになっていた。 それなのに、今は――。
理人は元々仕事に関しては厳しい人間ではあったが、こんなにも他人に対して剥き出しの感情をぶつける姿は、瀬名も初めて目にするものだった。 それだけ、一臣に期待しているということなのだろうか。
自分以外の誰かが理人の傍に居ることが、瀬名には酷く落ち着かない。そこは、今までずっと瀬名が独占していた場所なのだ。
一臣が入社してからというもの、二人の距離は確実に広がってしまった。
以前は、仕事中に理人の姿を見かけると、嬉しくて堪らなかった。理人と一緒に仕事をしていると何でも出来るような気がしたし、実際自分でも驚くくらい効率よく仕事が出来ていた。
でも今は……理人の姿を見ると、胸の奥がきゅっと苦しくなる。瀬名は自嘲気味な笑みを浮かべると、手元の資料に視線を落とした。
仕事中だというのに、つい考えてしまうのは理人のことばかりだった。 あの日以来、理人は瀬名に話しかけてくることも無く、ただ淡々と業務をこなしているようだった。
嫌われているのかもしれない。そう思うと、どうしようもない不安に襲われる。 理人の事が好きだ。理人の事しか考えられない。理人の全てが欲しい。
何故、こうなってしまったのか。理人がなぜあそこまで頑なに説明を拒んだのか、瀬名には未だに理解できない。
ただ単に頭に血が上っていただけならまだいい。だが、あの時の理人の様子は、まるで何かに怯えているかのようで――。
そこまで考えて、瀬名はハッと我に返り頭を振った。結局いつも堂々巡りだ。答えなんて出るわけがない。 もう一度ちゃんと理人と向き合って話がしたい。
理人が何を考え、何に怯えているのか。誤解があれば解きたいし、もし自分に非があるなら、きちんと謝罪したい。 このままでは、きっと後悔してしまうから。
「流石に……このままって訳にはいかないよな……」
相変わらず、ああでも無い、こうでもないと叱責している理人を遠巻きに見つめていると、近くのデスクに座っている女子達の会話が耳に飛び込んできた。
「部長と桐島さんって、なんだかんだ仲いいよね」
全くもって面白くない。理人の側にいていいのは自分だけなのに。 瀬名は無意識のうちに拳を強く握りしめ、理人の関心を引こうと食い下がる一臣の背中を、射殺さんばかりの鋭い視線で睨み付けていた。
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