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Nao
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みんと。
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『風の向こう、お前だけ』
第2話「隣にいる理由」
翌朝。
風鈴高校、一年の教室。
「神谷くん、おはよう」
「……ん」
朝から聞こえてきた声に、神谷朔は机に頬杖をついたまま返事をした。
声の主は、蘇枋隼飛。
昨日、初めて会ったばかりだというのに、まるで昔からの友人みたいな顔をしている。
「朝、弱いの?」
「別に」
「じゃあ、眠そうなのは?」
「……うるさい」
「ふふ、そっか」
蘇枋は楽しそうに笑いながら、朔の隣の席に腰を下ろした。
「そこ、俺の席じゃないけど」
「知ってるよ」
「どけ」
「やだなぁ」
「……は?」
朔がゆっくり顔を上げる。
普通なら、その目つきだけで怯みそうなものだ。
しかし蘇枋は、まったく動じなかった。
むしろ、面白いものを見つけたように微笑んでいる。
「神谷くんって、意外と表情豊かだね」
「お前のせいだろ」
「それは嬉しいな」
「褒めてねぇ」
「知ってるよ」
朝から続く謎の攻防。
周囲のクラスメイトたちは、二人のやり取りを見てひそひそと話していた。
「蘇枋って、あんなに一年に絡む奴だったっけ?」
「ていうか神谷、蘇枋相手でも全然態度変わらねぇな……」
そんな声が聞こえていても、朔は気にしなかった。
蘇枋も、聞こえていないふりをしていた。
ただ一つ違うのは。
蘇枋が、朔の隣から離れる気配をまったく見せないことだった。
*
昼休み。
朔は弁当を持って、誰もいない場所を探していた。
騒がしい教室も、人数の多い食堂も苦手だった。
静かなところで、さっさと食べて寝る。
それが朔の昼休みの過ごし方だった。
「……ここでいいか」
校舎裏のベンチ。
ようやく見つけた場所に腰を下ろし、弁当を開ける。
すると。
「やっぱりここにいた」
「…………」
聞き覚えのある声。
朔は無言で顔を上げた。
そこには、弁当を持った蘇枋が立っていた。
「なんでいる」
「神谷くんを探してたから」
「なんで探す」
「一緒にお昼を食べようと思って」
「教室で食えばいいだろ」
「神谷くんがいないんだもん」
「……俺はお前の保護者じゃねぇぞ」
「知ってるよ。友達だからね」
蘇枋は当然のように隣に座った。
朔は深いため息をついた。
「……好きにしろ」
「ありがとう」
「礼を言われることじゃねぇ」
二人は並んで弁当を食べ始めた。
しばらく、会話はなかった。
けれど、不思議と気まずくはなかった。
蘇枋は無理に話しかけてこない。
朔も、隣にいることを追い払おうとはしなかった。
そんな時間が、少しだけ心地よかった。
「ねぇ、神谷くん」
「今度は何」
「昨日の喧嘩なんだけど」
朔の箸が止まった。
「……その話、するな」
「あ、ごめんね」
蘇枋は素直に謝った。
それ以上、聞いてこなかった。
朔は少し意外そうに蘇枋を見た。
「……聞かねぇの?」
「何を?」
「なんであんなに強いのか、とか」
蘇枋は弁当を食べる手を止め、少しだけ首を傾げた。
「神谷くんが話したくないなら、聞かないよ」
「…………」
「強い理由より、僕は神谷くん自身のことを知りたいからね」
朔は何も言わなかった。
いつもなら、こういう言葉は面倒だと思う。
他人が勝手に近づいてきて、勝手に期待して、勝手に失望する。
そういうことには慣れていた。
だから、最初から誰とも深く関わらない。
それが一番楽だった。
なのに。
「……変な奴」
口から出たのは、昨日と同じ言葉だった。
蘇枋は笑った。
「それ、今日二回目だよ」
「何回でも言う」
「じゃあ、僕も何回でも話しかけるね」
「……勝手にしろ」
朔は顔を背けた。
その耳が、ほんの少しだけ赤くなっていることに、蘇枋は気づいていた。
けれど、あえて何も言わなかった。
*
放課後。
二人が校門を出ると、通りの向こうから慌てた様子の少年が走ってきた。
「すみません! 風鈴の人ですか!?」
蘇枋が穏やかに答える。
「そうだけど、どうしたの?」
「商店街で、他校の奴らが暴れてて……! 店の人たちが困ってるんです!」
その言葉を聞いた瞬間、蘇枋の表情から笑みがわずかに消えた。
「分かった。案内してくれる?」
「はい!」
少年が走り出す。
蘇枋も後を追おうとした。
しかし。
「蘇枋」
隣から声がした。
振り返ると、朔がポケットに手を突っ込んだまま立っていた。
「僕だけじゃ不安?」
「……違う」
「じゃあ、どうしたの?」
朔は少しだけ面倒そうに息を吐いた。
「俺も行く」
蘇枋は目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。
「一緒に来てくれるの?」
「街を守るんだろ。だったら行く」
「そっか」
蘇枋はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、歩き出すとき。
いつもより少しだけ、嬉しそうな顔をしていた。
*
商店街。
そこには、数人の男子生徒が店先で騒いでいた。
「だから、金を出せって言ってんだろ!」
店主が困り果てている。
周囲の人々も、怖くて近づけずにいた。
蘇枋が一歩前へ出る。
「君たち、ずいぶん迷惑をかけているみたいだね」
「あぁ? なんだ、お前」
「その辺にしておいたらどうかな?」
穏やかな声。
しかし、相手の男たちは笑い飛ばした。
「風鈴かよ。二人だけで何ができるんだ?」
その瞬間。
朔が蘇枋の横を通り過ぎた。
「……うるせぇな」
「は?」
「人に迷惑かけてんじゃねぇよ」
男の一人が、怒鳴りながら朔に殴りかかった。
けれど。
朔は体をわずかにずらして攻撃をかわし、相手の動きを止める。
続いて飛びかかってきた二人も、次々と地面に倒れた。
一人、二人、三人。
ほんのわずかな時間だった。
最後の一人が、恐怖に顔を引きつらせる。
「な、なんなんだよ、お前……!」
朔は冷たい目で見下ろした。
「二度とこの街で好き勝手すんな」
それだけ言って、手を離した。
男たちは仲間を連れて逃げていった。
商店街に静けさが戻る。
「ありがとう、風鈴の子たち!」
店主が頭を下げる。
朔は気まずそうに視線を逸らした。
「……別に」
その隣で、蘇枋が朔を見つめていた。
「神谷くん」
「何」
「やっぱり、君ってすごいね」
「……普通だろ」
「普通じゃないと思うけどなぁ」
蘇枋は楽しそうに笑う。
朔は呆れたようにため息をついた。
「お前、ほんとよく笑うな」
「そう?」
「……何考えてるか分かんねぇ」
すると蘇枋は、ほんの少しだけ笑みを薄くした。
「じゃあ、これから知っていってよ」
朔は言葉に詰まった。
そんなふうに言われたのは、初めてだった。
「……考えとく」
ようやく返した言葉に、蘇枋は満足そうに頷いた。
「うん。楽しみにしてるね」
*
帰り道。
夕焼けが、二人の影を長く伸ばしていた。
「神谷くん」
「……今度は何だよ」
「明日も一緒に帰ろうよ」
朔は前を向いたまま答える。
「……気が向いたらな」
「それ、昨日も聞いた気がする」
「気のせいだろ」
「ふふ、そういうことにしておくね」
少しの沈黙。
そして、朔がぽつりと呟いた。
「……明日も、別にいいけど」
蘇枋の足が、一瞬止まった。
「え?」
「聞こえなかったならいい」
「聞こえたよ」
蘇枋は笑った。
いつもと同じ、穏やかな笑顔。
けれど、その声はいつもより少しだけ弾んでいた。
「じゃあ、明日も一緒だね」
朔は返事をしなかった。
ただ、隣を歩く蘇枋を追い払うこともしなかった。
まだ、友達になったばかり。
恋だなんて、考えもしない。
それでも。
明日が少しだけ楽しみになったことを、朔は誰にも言わなかった。
――第2話・終。
コメント
1件
うわぁ……第3話、すごく好きな感じだった……🥺 朔くんが少しずつ蘇枋くんに心を開いていく様子がじんわり伝わってきて、特に「明日も別にいいけど」ってつっけんどんに言いながらも拒絶しないところが、もう……彼なりの精一杯の“OK”なんだろうなって思うと胸がぎゅってなった。 喧嘩の話を無理に聞かない蘇枋くんの距離感、すごく優しくて、でもちゃんと朔くんだけを見てる感じが伝わってきてドキドキした……。夕焼けの帰り道、すごく絵になるなあ🌙 続きが気になるよ……!