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風の音で、俺は目を覚ました。
耳に届くのは、かすれた金属音と、遠くで鳴る波の気配。
ゆっくりと目を開けると、空は色を失ったように淡く、どこか現実感がなかった。
「……ここは……」
体を起こし、周囲を見回す。
そこにあったのは――
廃墟になった、ハッピーエンドアイランド。
色あせた看板。
止まったままの観覧車。
ひび割れた地面に、剥がれかけた装飾。
確かに、ここは知っている場所だった。
五周年の映画で、最後に笑って、走って、終わりを迎えた島。
「……終わったんだよな」
口に出すと、その言葉は妙に静かに響いた。
物語は、ちゃんとハッピーエンドだった。
誰かが犠牲になることもなく、悲しみも残らず、
綺麗な形で、幕を下ろしたはずだ。
その“あと”が、今のこの景色なのだろう。
にぎやかだったはずの島には、人影ひとつない。
けれど、怖さはなかった。
むしろ――
長い一日が終わったあとみたいな、落ち着いた空気が流れている。
「みんな……いないのか」
呼びかけてみても、返事はない。
メンバーたちの顔は、ちゃんと思い出せる。
声も、笑い方も、全部覚えている。
ただ、今はここにいないだけだ。
――きっと、どこかで合流できる。
そう思った、そのときだった。
足元で、ふわりと、小さな光が揺れた。
「……?」
視線を落とす。
壊れた噴水のそばに、ひとりの女の子が立っていた。
年の頃は、まだ幼い。
この廃墟には似合わないくらい、やわらかな光をまとっている。
その子は、俺を見ると、にこっと笑った。
「……ほたる、 」
名前が、自然と口からこぼれた。
ほたるは何も言わず、
手に持っていたイルカのキーホルダーを、軽く揺らす。
きらり、と淡い光が跳ねた。
それだけで、島の空気が少しだけ変わった気がした。
「……案内してくれるのか?」
問いかけても、答えはない。
ただ、島の奥――
暗く、深い森の方を指さした。
ハッピーエンドアイランドの奥にある森。
明るいエリアとは違い、昼でも薄暗く、道が分かりにくい場所だ。
「……森、か」
一瞬、迷った。
でも、不安はなかった。
ほたるについていけば、ちゃんと辿り着ける。
理由は分からないけれど、そう思えた。
俺は立ち上がり、ほたるの後を追う。
島の奥へ進むにつれて、景色は静かさを増していった。
壊れたアトラクション。
色を失ったステージ。
かつてここで起きた出来事が、音のないまま残っている。
ふと、胸の奥があたたかくなる。
楽しかった時間。
笑った瞬間。
終わりを迎えたときの、あの拍手。
――全部、ちゃんと覚えている。
だからこそ、この廃墟は寂しくない。
やがて、森の入口に辿り着く。
木々が重なり、奥はほとんど見えない。
一歩踏み入れれば、簡単に迷ってしまいそうだった。
ほたるは立ち止まり、こちらを振り返る。
少しだけ、真剣な表情。
イルカのキーホルダーが、再び光った。
淡い明かりが、足元を照らす。
光の届く先にだけ、細い道が浮かび上がった。
「……この光がないと、迷うな」
そう言うと、ほたるは小さくうなずいた。
それ以上の説明はいらなかった。
俺はその隣に並び、森の中へ足を踏み入れる。
暗い。
静かだ。
でも、不思議と落ち着く。
ほたるの光が、ゆっくりと前を照らす。
この旅は、
何かを失ったから始まったわけじゃない。
終わった物語を、
もう一度、味わうためのものだ。
そう思うと、胸の奥が静かに満たされた。
俺は、ほたるの隣で、歩き続ける。
――ハッピーエンドの、そのあとを。
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