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森の中は、思っていた以上に暗かった。 木々が空を覆い、足元は影に沈んでいる。
一歩進むごとに、島の外の音が遠ざかっていくのが分かった。
聞こえるのは、自分の足音と、
ほたるが歩くたびに揺れる、小さな光の気配だけ。
「……本当に、迷いそうだな」
俺の言葉に、ほたるは少しだけ振り返った。
表情は変わらない。
でも、そのイルカのキーホルダーが、さっきよりも明るく光っていた。
まるで――
「大丈夫」と言っているみたいに。
光に導かれるように、俺は森の奥へ進む。
しばらく歩くと、不意に、空気が変わった。
冷たい森の匂いの中に、
どこか懐かしい、あたたかさが混じる。
「……?」
足を止めた瞬間、視界が揺れた。
森の景色が、ゆっくりと薄れていく。
代わりに現れたのは――
色鮮やかなステージ。
ライトが灯り、音が弾け、
聞き慣れた声が、空気を震わせる。
「――ありがとう!」
その声を聞いた瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
「……この場所……」
間違いない。
五周年の、あの瞬間だ。
観客の歓声。
仲間たちの笑顔。
ステージの上で交わした視線。
終わりじゃなく、
「ここまで来た」という実感に満ちていた時間。
俺は、少しだけ前に進もうとして――
足が止まった。
ステージの端に、ほたるが立っていた。
いや、正確には、
今のほたるより、少し幼い姿だった。
小さな手でイルカのキーホルダーを握りしめ、
ステージを見上げている。
声は出さない。
ただ、じっと見つめている。
「……そうか」
この光景は、ただの思い出じゃない。
誰かの“記憶の中に残った景色”なんだ。
次の瞬間、景色がふっとほどけた。
森が、元に戻る。
俺は、思わず深く息を吐いた。
「……懐かしいな」
言葉にすると、胸の奥がじんわりと熱くなる。
ほたるは何も言わず、
ただ、さっきより少しだけ、近くに立っていた。
「これは……俺が忘れかけてたわけじゃない」
ちゃんと覚えている。
でも、こうして“立ち止まって見る”ことは、あまりなかった。
ほたるは、
そういう時間をくれているのかもしれない。
イルカのキーホルダーが、また静かに光る。
今度は、森のさらに奥を照らしていた。
「……まだ、先があるんだな」
ほたるは、うなずく。
その仕草はとても小さくて、
でも、確かだった。
再び歩き出す。
今度は、さっきよりも足取りが軽かった。
森は相変わらず暗い。
道も分かりにくい。
それでも、怖さはない。
ここは、
失われた場所じゃない。
終わった物語の中に残された、
大切な“余韻”が眠っている場所だ。
そして、ほたるはそれを――
ひとつずつ、拾い集めてくれている。
俺は、ほたるの光を見失わないように、歩く。
その先に、
仲間たちが待っていると、信じながら。
コメント
1件
読んできたよ…「森に残る、あの日の声」🌙 ほたるの光に導かれて、主人公が記憶の温かさに触れるところ、すごく綺麗でじんわりした。 「忘れてたわけじゃない、でも立ち止まって見ることはなかった」って台詞、すごく響いたよ。 儚いのに確かな優しさがある話だね。続き、気になるなあ…🤍