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ケイタも男の子ですから――と、セラは前置きした。
「そういう遊びがしたいと思うこともあるのでしょう。……私にはよくわかりませんけど」
セラは拗ねたように顔をそらす。
シファードの町、橋を手前にした広場。晴れた空の下、人々が行きかう。
「でも、足止めされて頭を悩ませている時に、真っ先にそういう如何わしいお店に行くのは……」
如何わしい――真面目なセラらしい言葉である。
慧太とて遊びで娼館を訪れたわけではない。町でリュヌという娼婦をギャングから助けたことが発端だ。……ただそれだけのことだ。
その事件の中心がたまたま娼館だっただけ。それ以外の職業の建物でも、慧太は入っていただろう。
「……言っておくけど、オレは遊んでないからな」
慧太はきっぱりと告げた。このままでは冤罪(えんざい)もいいとこだ。
遊んでもいないのに非難されるのは面白くない。
「じゃあ、何故入ったのですか、娼館に?」
セラはジト目を向けてくる。慧太は口ごもる。どこまで話していいものか。
銀髪のお姫様の眉間にしわが寄る。わずかな間が、言い訳を考えていると思われたようだ。慧太は溜息をつく。
「ちょっとした揉め事に巻き込まれて。……オレは傭兵だからな」
「揉め事! それで娼館に?」
「そうだ」
真っ直ぐにセラを見つめる。彼女の青い瞳が揺れる。
「それを信じろと?」
「嘘は言っていない」
信じる信じないかについては、彼女次第とはいえ、信じて欲しいと慧太は思った。
もちろん、説得力が乏しいのは認める。
セラは俯いた。躊躇い、葛藤――彼女は悩んでいる。
慧太の言葉が本当か否か。これまで彼女を助けてきた慧太だが、関わるようになってまだ日が浅い。お互いのことではわからないことのほうが多いのだ。
慧太は決心した。
「わかった。じゃ、直接話を聞きに行こう」
そうと決まれば慧太は、セラの手をとり歩き出した。突然、手を握られて、セラは動揺する。
「ケイタ!? その、どこへ?」
「オレが言っても信じられないなら、他の人間の言うことなら聞くだろ?」
大股に歩く慧太に引っ張られる形でセラは続く。
「あの、手を離してください。ついていきますから」
「……すまない」
慧太は手を離した。
やがて、娼館『ビルゲ』に到着した。青い三角屋根の白亜の建物でちょっとした屋敷のような外観だ。
店前を掃除をしていたエプロンドレス姿の少女が慧太に気づいた。黒髪おさげの十歳くらいの子だ。……名前は知らない。
「あ、ケイタさん!」
向こうは知っていた。
「リュヌさんいる? ちょっと付き合って欲しいんだけど」
「あ、はい! 知らせてきますので、ちょっとお待ちを!」
少女はそそくさと裏口へと駆けていく。
昼前で、まだ営業していないのだろう。慧太は腕を組んで白亜の屋敷を見上げる。これが夜ともなると……女を抱きに男どもがやってくるのだろう。
――結構、綺麗どころが揃っていたからな……。
昨日訪れた時に、何人かの娼婦と顔を合わせた慧太である。
ちら、とセラを見やる。銀髪のお姫様は、黙って娼館を見つめていた。どこか居心地が悪そうで、たまに周囲に注意を払っていた。
女性にとっては、こういうお店の前というのは落ち着かないものだろうか、と慧太は思った。……日本にいた頃なら自分もたぶんそうなっていただろう、と思わず苦笑したくなる。何せ学生だ。風俗のお店には入れない年頃なのだ。
待っている間、口は開かなかった。いったいどれだけ待たせるのか――いい加減沈黙が苦痛になってきた頃、ようやく裏口を開けて、おさげ髪の少女が戻ってきた。
「大変お待たせしました、ケイタさん。中へどうぞ」
呼んでくるんじゃないのか――慧太は怪訝に思い、一瞬セラと顔を見合わせた。
当然ながら彼女は首を傾げるばかりだ。
裏口をくぐり、薄暗い通路を抜ける。部屋からは鼻を指すような濃厚な香水の香りが漂ってくる。昨日も来ているから慧太は少し慣れたが、セラはあからさまに顔をしかめたのだった。
そのまま奥にあるダンスフロアへ通される。そこで待っていたのは――
『ようこそ~!!』
華やかな女の声が重なる。
一段上がったステージに露出が強い踊り子衣装の娼婦たちが十名ほどが集まって、それぞれ胸や腰まわりを強調したポーズをとっていた。
圧倒的肌色成分。
豊かな胸。
くびれた腰からなだらかな線を描くヒップライン。
すらりと伸びた足。
白い肌、小麦色の肌、その肌色もさまざま。
キラキラとしたチェーン飾りや半透けの布地――セラが如何わしいというに十分な露出とセクシーさを、これでもかというほどの笑顔と共に見せ付ける。
「ケイタさん、ようこそ~!」
リュヌが言えば、エロティックな舞台衣装の娼婦たちも明るい声。
「昨夜はありがとう~!」
「今日はたっぷり遊んでいってくださいねー!」
「ご奉仕しますよ~。もちろんタダで!」
慧太は開いた口が塞がらなかった。
ちょっと昨日の経緯を話してもらって誤解を解いてもらうのを手伝ってもらうはずが、想定外の大歓迎。……しかも肌成分多めのエロ全開の商売モード。
深く考えるまでもなく、これは……大変よろしくない状況ではないか。
振り返るのが怖い。慧太は視線をスライドさせれば、セラはくるりと踵を返すと、その場を後にした。
「ああ、えっと皆さん、どうも……」
慧太は若干引き気味で、リュヌたちを見た。
昨夜、ギャングを潰してきたことは彼女らの耳に届いただろうが、こういう歓迎を想定できなかったのは迂闊だった。まさかこういうお礼があるとは思いもしなかったのだ。
わざわざフロアで皆さんが集まって用意までしていたのを無碍にしてしまうのは、どうかと思いつつ、今は立ち去ってしまったセラを放置することこそ大惨事のもとである。
慧太は溜息をついた。立ち去ってしまった銀髪の少女――娼婦達も何が何だかわからず困惑しているようだ。
「ちょっと、待ってて。すぐ戻るから」
慧太は一端その場を辞すると、改めて分身体を影から作り出す。影からヌッと具現化した、分身の慧太は見るからに表情が暗かった。
「やることはわかってるな?」
「……ああ、行ってこい。こっちはオレが適当に相手しておくから」
自分の分身体に労われるように見送られ、慧太はその場を後にした。
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