テラーノベル
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夜の静けさが嫌いだった。
携帯の通知も鳴らんくなって、SNSももう見てへん。見たらまた、誰かが俺を殺しにくる。言葉で、冷たく、何気ないふりして。
そして、気づけばまた──俺は、手にカッターを握っていた。
「……また、やってもうた」
じんわりと赤がにじんで、滴が床に落ちる音だけがやけに響いた。痛みなんて、もう、何にも感じへん。
笑顔も、歌も、ステージも。何ひとつ、俺のもんやなかった。
そんなとき──
「まろ!!」
玄関のドアが乱暴に開く音がして、靴音が駆け込んできた。
「……ないこ?」
俺は反射的に袖を引っ張って隠そうとした。でも、遅かった。
ないこの目が、俺の手首を、見てしまっていた。
「何してんだよ……っ」
震えた声で、ないこが俺のそばに座り込む。
「連絡、何回しても返ってこないから……まろの家、こっちから行くしかないって……」
「なんで来たん」
「は?」
「こんなん、見てほしかったわけちゃう。なんで……なんで来たんや……っ」
「バカ……っ。見たくなんか、ないに決まってる。でも……来なきゃ、まろが壊れていくの、わかってた」
ないこの手が、俺の震える手首を、やさしく包んだ。血がついてんのに、汚れるのも気にせんと。
「俺は、まろがいないとイヤなんだよ。お前が笑わなくなったら、俺、どうしたらいいのかわかんねぇよ……」
ないこは、泣いてた。ほんまに、泣いてた。俺のせいで。俺が、壊れてるせいで。
「……俺、もう無理かもって、思ってた」
「思っていい。でも、そこで終わるな。まろが苦しいって、言っていい。俺に言えよ」
「……言うたら、ないこがしんどなるやろ」
「いいよ、しんどくても。まろを一人にする方がずっとつらい」
静かに、でも強く、ないこが俺を抱きしめた。
胸の奥で、ひび割れていたものが少しずつ動き出す。冷えた体に、やわらかい光が差し込むようだった。
この腕の中にあるものが、信じられないほどあたたかくて、俺はようやく息をついた。
もう少しだけ、この声を信じてみようと思った。
俺を「まろ」と呼ぶこの声を──生きていたいと思わせてくれた、たったひとつの光を。
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いいね 最高 天才