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✨✨✨
この後の展開がマジで楽しみ!
んんンンンふふふふ😭続きが気になる…
シュンに頼んでトートバッグからカギを取り出して、ドアを開けてもらう。何とか布団に寝かせた後も具合が悪そうな大森君だったが、一度吐いた後は落ち着いたようで、おそらく意識もまだ曖昧な中で俺たちに謝りながらまた眠りについた。だが、おそらくこれで眠っているうちにアルコールが分解されれば、もう大丈夫だろう。幸いにして飲んだ量はそれほど多いようではなかったし。
「シュンありがとね、手伝ってもらっちゃって」
ほっとして気が抜けたこともあり、つい昔のような口調で彼に話しかけてしまったことに気づいてから、さっきまでもつい彼のことをシュンと呼び続けていたことにも気づく。
「別に。ていうかこのあとどうすんの」
「どうするって……回復まで時間かかるだろうし、終電もそろそろなくなっちゃうだろうからこのままうちに泊めるよ。彼、実家勢だからおうち遠いんだ」
何を考えているのか分からない彼の表情が、視線が、なぜかどうしようもなく「怖い」と感じる。へぇ、とシュンは顔色一つ変えずに続ける。でもその声色は冷たい。
「ミズノから聞いたけど、ずいぶん仲いいんだって?」
俺は何と答えたらいいか分からずに黙ったまま彼の顔を見返す。シュンは少し苛立ったように目線を逸らしてから、嘲るように笑った。
「……大森君が新しく見つけた『素敵な恋人』ってわけ?」
ぱちん、と乾いた音が部屋に響いた。思わず彼の頬を叩いていた。怒りで体中が熱いのに、なぜか頭だけやけにはっきりとして冷静だった。
「ごめん。でもそういうんじゃないし、彼にも失礼だよ……それに聞こえてたらどうするの」
想像していたよりも冷たい自分の声に驚き、後半は声を潜める。大森君が眠る布団のほうにちらと視線を遣ったが、先ほどと変わりなく眠っているようで安心した。何となく、彼に自分が同性愛者であることがはっきりと知られてしまうのは怖かった。
「大丈夫だよ、もう寝てるだろ。それに、少なくともあの子は涼架のこと、ただ仲のいい先輩以上の存在に思ってそうだけど?」
はぁ、と思わずため息を吐く。どんなつもりかは知らないが、そんな根拠もない発言は彼らしくなかった。
「シュンも今日は飲みすぎだよ。大体いつもノンアルだったくせに、今日はビールに、俺の頼んだ日本酒まで」
「向こうじゃ否応なしにビール呑まされるからずいぶん慣れたよ、別に酔ってない。……ねぇ、涼架、さっきの話どうするの」
さっきの話、というのは今後のバンド活動の話だろう。
「……別に僕がどうしようがクロには関係ないだろ」
あえて彼をクロ、と呼び、武装する。これは彼へのアピールでもあり、自分への確認でもある。案の定、彼は苦々しげな表情でこちらを見た。
「またそうやって突き放そうとする……だって言っただろ、これからも好きだって。涼架がこの先どうするつもりなのか気になるんだよ」
「そんなのはクロの事情だ。僕には関係ない。だって僕は……」
彼の瞳に俺が映っていて、言葉に詰まってしまう。
「もう俺のことは好きじゃない?」
「……当たり前」
気が付いた時には抱きしめられていた。慌てて抵抗しようと動かした腕がテーブルにあたり、がたんと大きな音を立てる。少し身体を離したシュンと目が合う。そのまま俺たちの唇が触れあった。噛みつくような、奪いつくすようなキス。微かに酒臭い。酔ってないとか言ってしっかり酔っ払いじゃんかこいつ。気圧されて抵抗できないままでいると、するりとシュンの指が服の中に侵入してくる。俺は思わず思いっきり彼を押しのけようとするが、びくともしない。あれ、こんなに力強かったっけ。
「ピアス。まだつけてるじゃんか、嘘つき」
はっ、となって慌てて耳元に手をやった瞬間、そのまま姿勢を崩され床に押し倒される。
「……やめっ」
「あんま声出したら後輩君が起きちゃうよ」
ぎくりとして身体が強張る。シュンが耳に口づけを落とし、思わず口から息がこぼれる。どうしよう。抵抗しなきゃいけないのに。もう俺はシュンのこと好きじゃないはずなのに。彼の触れ方が、昔のままのことに心底安心している自分がいる。再び彼と目が合う。熱っぽい視線に身体の奥がジンと熱くなる。今、俺はどんな顔をしているのだろう。もう一度唇が触れあったその時だった。
がたん。
物音にはっとなって、同様に怯んだシュンを押しのける。寝ぼけたのか大森君が枕元の時計を倒した音らしかった。もし、いま時計が倒されてなかったら。俺はシュンと……。己の浅ましさに顔が熱くなるのが分かった。
「帰って」
凄むように低い声を出したが、若干震えてしまう。シュンは何か言いたげに口を開きかけたが、自らの行動を悪くも思っているのだろう、ばつが悪そうに下を向いた。
「ごめん、確かに今の俺は冷静じゃない。一個だけどうしても聞きたいことがあるんだ」
少しの間、沈黙の帳が下りる。
「なんであの日、来なかったの」
あの日。シュンが日本を発つ日。実は少し前に、シュンに見送りの日、4人で集まる前に少しだけ2人で会う時間が欲しいといわれていた。場所と時間は指定されて。まだ彼に対してちょっとだけ拗ねるような気持ちがあった俺は、あえてそれに返事はしないまま当日行くことにしようと思っていた。けれど。
「……インフルにかかってた」
俺の言葉に、シュンは戸惑った後、呆れたように、悲しそうに笑った。
「分かったよ、そういうことなんだな……」
おそらく、彼は俺が嘘をついているのだと思っているのだろう。会いたくなくて行かなかったのだと思っている。違う、と否定したかった。でも、もう今更否定したところで意味がないような気もした。
「ごめん、今日は」
シュンが踵を返す。ドアが閉まり、彼の姿が見えなくなるその瞬間まで俺は目を離せなかった。追いかけていって釈明しようか。でもそれをしたところで何になるというんだろう。明確な未来のない俺たちが、確固たる関係性を続けていくのは現実的じゃないと手を離したのが半年前のことなのに。だったら、手に入らない苦しみを想うくらいなら、早く忘れられるよう退路を断ってしまったほうがいい。もう修復なんて望めないくらいに。彼があの日俺だけを呼び出して何を伝えるつもりだったのか、考えたことがないわけではなかったが、今はそれを知りたいとさえ思えなかった。甘い考えなんて1ミリも抱かないようにして、早くこの地獄から抜け出したかった。俺たちは確かに互いを想い合っていたけれど、互いを思いやることはできなかったのだ。でもそれはとても難しいことのような気がした。
人の動く気配がして、はっと我に返った。大森君が寝返りを打ったのだろう。布団を直してあげようとそっと彼のそばに寄る。実際の年齢よりもずいぶん幼く見える寝顔。真っ直ぐに俺を見据え、バンドがしたいと言ってくれた。その柔らかな髪に、導かれるように触れる。
「ごめんね……」
思わず口から謝罪の言葉がこぼれた。彼の音楽を好きだという気持ちに嘘はない。あの『場所』がどれだけ俺を惹きつけるか、その感覚も事実だ。でも彼の姿に、少しでもシュンを重ねなかったかと言われれば俺ははっきりと否定することができない。若井君があの動画を見せてくれたあの日、思わず涙を流してしまったあの日、突如として現れた音の紡ぎ手に純粋に心動かされながらも、その影にシュンを見た。大森君とバンドをすれば、ステージに上がれば、シュンとの記憶なんてどうでもいい「ただの思い出」にできるかもしれないなんて、そんな考えで彼を利用したのだ。
彼のあの真っ直ぐな視線に、今の俺は耐えられる気も、そんな資格もないような気がした。