翌日、今までに感じたことのない鈍い頭の痛みと共に目が覚めた。思わず呻き声をあげると
「大丈夫?」
と声をかけられる。勢いよく視線をあげると、ベランダに続くガラス戸のそばに藤澤さんが座っていた。
「あの、大丈夫です。いややっぱ大丈夫じゃないです。違うな、おはようございます」
動揺のあまり自分でも訳が分からないままに思いついたことを端から口走ってしまう。藤澤さんはちょっと可笑しそうに笑った。差し込む光で陰になっていて、その表情はしっかりとは見えないけれど。
「おはよう。お水飲める?」
こくりと頷くと藤澤さんは湯呑に水を入れて持ってきてくれる。すみません、と頭を下げてそれを受け取った。ズキズキと鈍い痛みが頭に響く。これが二日酔いってやつか。何か食べれそう?という問いにかぶりを振ると
「しんどかったらマシになるまでうちで休んでもらっててもいいよ、僕今日はとくに予定ないから家にずっといるつもりだったし」
と優しく笑う。その目元には暗い影。日の光の角度で作られたものではないだろう。
「藤澤さん、寝てないんですか」
俺の言葉にちょっと動揺したように彼はたじろぐ。
「いや、寝たよ、大丈夫」
「でもクマ……」
「えっ、わぁ、僕クマとか出やすいんだよ、はっずかしいな~」
大げさに顔を隠して見せる彼に
「すみません、俺が布団とっちゃったから……」
と肩を落とすと、藤澤さんは慌てたように首を振る。
「それは本当に違うよ、大森君も知ってる通り客用布団あるし、それ出せばいいだけだったんだから。……ちょっとだけね、考え事しちゃったの。それで気づいたら時間がね」
少し気まずそうに笑う藤澤さんに思わず
「黒田さんのことですか」
藤澤さんの青ざめた表情に、ついそう口走ってしまったことを後悔する。
「あ、あの、俺がバンドの話した時、黒田さんめっちゃ心配してたし、あの後も何か言われたかなぁって」
あくまで昨日のことは聞こえていないふりだ。心なしか藤澤さんの表情も少しだけやわらぐ。
「あぁ、そのことなんだけど、別にクロのこととは関係なしに僕にはやっぱり無理かなって」
えっ、と俺は身体を乗り出す。頭がずきん、と鈍く痛んで思わず額を押さえた。
「ちょっと待ってください、確かに俺、藤澤さんが学校の先生になりたいのは分かってます。でも俺、メジャーデビュー目指すなら絶対あの時のメンバーだって思ってて」
「メジャーデビュー?」
藤澤さんが驚いたように目を瞠る。
「そしたらなおのこと僕には無理だよ。卒業までの期間で組むなら就活の合間にとか、器用な人ならできるんだろうなぁ、それでも僕には無理だよなって思ってたとこだったの。さらにプロなんて……他の皆は上手だからいいけれど、僕は下手だし不器用だし、きっと皆の足を引っ張っちゃう」
矢継ぎ早に言葉を並べる藤澤さんに俺は、おや、とあることに気づく。
「藤澤さん、理由ってそれだけですか?」
「え?」
「卒業までの期間組むにしてもメジャーデビュー目指すにしても、無理だって思うの自分の力量不足だけが理由ですか?」
藤澤さんは怪訝そうに俺を見る。
「だって……それはそうでしょ。学祭ライブの時も一番足引っ張ってたの僕じゃない」
それは俺の作ったオリジナル曲のキーボードパートがかなり難しかったせいでもあるのだが、この際それは置いておいてもいい。俺は気持ちが逸るあまり身を乗り出して彼の手首を掴む。藤澤さんは驚いたようにびくりと肩を震わせた。
「やりたいとは思ってくれてる、ってことでいいんですか」
思わず口元が緩んでしまう。おい、仕事しろ表情筋。今こそ出番だろうが。反対に藤澤さんは、あっと口元を押さえてから気まずそうにこちらを見た。
「だったら、俺と音楽やってくれませんか。力量不足だって思ってたら一緒にやりたいなんて声かけてません。俺の作る音楽には貴方の音が必要なんです」
それに、と軽く唇を舐めてから次の言葉を紡ぐ。
「俺を信じてついてきてくれたら、99%デビューしてみせます。だから藤澤さん、貴方の人生を俺に下さい」
いくら昔のコネがあるとはいってもほとんどハッタリだった。でもこの時の俺は何故か、本当にそうなるような気がしていたし、藤澤さんが頷いてくれるなら100%にすらできるような気がした。藤澤さんは戸惑ったように苦笑いを浮かべる。
「すごいね、あの、なんだっけあれ……」
「プロポーズみたい、ですか?」
あの日、酔っ払った藤澤さんが楽しそうに言っていた言葉を思い出す。あの時の俺は恥ずかしくなって俯いてしまったけれど、今度は真っ直ぐに彼の顔を見て口を開く。あの日とは違って戸惑いに揺れる彼の瞳をしっかりと捉えながら。
「そうですよ、プロポーズです」
「へっ」
訳が分からないというように戸惑いをあらわにしたまま、素っ頓狂な声をあげる彼の腕をしっかりと掴み、逃げられないようにする。一瞬抵抗しようというように腕を引こうとした彼だったが、こちらの力の強さに負けたのかすぐに諦めたように力を抜いた。
「藤澤涼架さん。俺は貴方が欲しい。それはキーボ―ディストとしての藤澤涼架だけでなく、ひとりの人間としても、です。言ってる意味は分かるでしょう」
「はぁ?待ってよ、俺、男……」
「好きになっちゃったのにそんなこと気にしてらんないでしょ。1ミリも可能性なくてもいいんです。俺は言わなきゃ気が済まないタイプだし。でも、もし1ミリでも可能性あるなら」
顔を真っ赤にしてたじろぐ藤澤さんに、にっこりと微笑んでみせる。
「俺は諦めが悪いんで、頷くまで口説き続けます」
「そ、それはバンドのこと?それとも……」
「やだな!両方に決まってるじゃないですか!」
元気よく笑ってみせる俺に、彼は呆れたようにため息を吐いた。
コメント
16件
忙しくてようやく読みにこれたよー! いよいよもっくんが動き始めてる、、!やばい、残りの更新分も楽しみすぎる
え、もうなんか会話が可愛すぎる🫶🫶 あと、森さんの「仕事しれよ表情筋」みたいなセリフが好き♥️
最高! ついに告白!