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夕方過ぎぐらいになり、帰宅のための車を出した──。
蓮水さんは仕事疲れからか、横で腕組みをしたままうとうとと眠ってしまっていて、車を赤信号で止めた際にその寝顔をちょっと覗き込んでみた。
意外と睫毛が長くて……だけど、こんな無防備に眠るなんて、気を許しすぎなんじゃないのかな? たとえ結婚をしていたとしても、僅かばかりでも意識くらいはしてもらいたいような……。
「ん……」
小さく声に出して、助手席で僅かに身じろぐのを、
……気づいていますか? あなたがどれだけ魅力的で、ほんの少しだろうと意識してほしいと感じるほど、魅惑的だってことに……。
そう思いつつ、じっと寝顔を見つめた──。
……ずるいなぁ。こんなにも男性的な色気が感じられるだなんて。
ほんと、好きになっちゃいそうで……。
バカみたい……。私ったら、何を考えてるんだろう……。この人には、奥さまとの幸せな家庭があるのに……と、胸の奥に湧き上がった思いをひっそりと打ち消した──。
……やがて車が邸宅へ近づくと、蓮水さんが目を覚まして、
「……うん? 寝ていたのか」
と、眠たげな顔を片手の平でさすった。
「よく寝ていられましたね?」
ハンドルを切りつつ、そう声をかけると、
「君の運転がうまいから、つい気持ちよくなってな」
口に手をあてて、あくびをひとつ吐き出した。
「そう言っていただけて嬉しいです。だけど、だいぶお疲れのようで……」
「ああ……今日は忙《せわ》しなかったから、少し疲れたようだ……」
と、二度目のあくびを噛み殺した。
「君は、疲れてはいないだろうか?」
「いえ、私は……」優しい気づかいに、さっき感じていた(好きになっちゃいそう)という思いが、再び頭をもたげそうになって、
「明日からは、もう少し時間配分がちゃんとできるよう、過ごし方を考えたいと思います」
感情をぐっと押し込めて、やや事務的に口にした──。
御自宅へお送りして、「おやすみなさい」と伝える。
「ああ、おやすみ。明日も頼むよ」
開けられたドアがパタンと閉められて、姿が見えなくなってしまうまで、どこかやり場のないような思いを抱えて玄関前に立ちすくんでいた……。