前方の自分
僕の前に僕がいた。
何を言っているのかわからないと思うだろうが、そう表現するしかほかに思いつかなかった。
状況はこうだ。
まず僕は買い物に出かけていた。歩いて十五分くらいのところにあるスーパーまで、歩いて行っていた。
で、その帰り道。
僕が両手にレジ袋を下げて、夕飯のこととか考えながら歩いていた時。ふと前方に注目すると、自分にそっくりな人物が歩いていた。
背格好から、着ていた服の柄までが一緒。
初めは同じ服を着ているな、と思っただけだけど、よくよく見れば、履いている靴とか僕が良くやる癖、レジ袋から覗のぞかせる品物の種類。
そしてちらと見えたその横顔。
間違いなく、明らかにそれは僕だった。
疑いが確信に変わった時、僕は状況の不可解さに驚きを隠せなかった。
限りなくそっくりな人間がたまたまその場にいたのならまだ納得できただろう。
しかしそれではないことがすぐにわかってしまった。
何故ならさらに驚くべきこととして、前方にいた自分は、薄うっすらとだが身体が透けていたのだ。
つまり実在する何かという現実的なものではなく、オカルト的な、あるいはSF的な何かなのだろうと、そう直感した。
しばらく僕は、前方にいた自分自身と一定の距離を保ちながら、共に歩いて観察してみた。
前方の自分は、いたって普通に前を向きながら歩いていて、ある時ふいに立ち止まってその場にしゃがみ込みこんだ。どんな理由でそうしているのか不明だったが、地面をジロジロと見て、何かを確認していた。
そして徐おもむろに立ち上がり再び歩き出そうとしたところで、前方の自分はばっと振り返って、僕の目を見て、しきりに何かを叫びだした。
その内容はわからなかった。
声が音として全く届いてなかったのだ。
前方にいた自分は、振り返ったあたりから徐々にその透け具合が大きくなっていった。
存在が希薄きはくになっていくのがはっきりと見て取れた。
やがて、すーっと、空間に溶けるように消えて無くなっていった。
あとには、いつも使っているただの道が遺されていた。
(あれは、いったい何だったのだろうか……?)
白昼夢(はくちゅうむ)でも見せられた気分だった。
僕は自分が消え去った場所まで歩き、何があるのかと地面を確認した。
そこには特別不思議なものは何もなかった。だからこそ、気づいてしまった。
僕はその場でばっと振り返って叫んだ。たとえそれが無駄だとしても。
「こっちへ来るな!」
振り返ったその先で僕は――僕と目があった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!