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「それで、な……」泣きじゃくる山崎が気の毒になってきた。「理佐のやつ……おまえが妬ましくてあんな嘘を……んでおまえから奪えばそれで満足しやがってな、おれはお役御免だ……おれは誰にも必要とされない存在なんだ……」
長い。三十分は彼の独白を聞いたか。段々手が痺れてきた。上方に固定されており、血が逆流する。しかし、焦りなど微塵も出さず、彼女は、
「必要とされない人間なんか誰もいないわよ。この世で必要とされないなんて――」
「それはおまえが恵まれた人間だから言えることだろ!」山崎は絶叫する。「結局おれとおまえは他人だ。他人であるおまえには、おれの気持ちなんか分っかんねんだろ……知ったような口を聞きやがって……理想論なんか求めちゃいねえ」
「ねえ……あなたの話がもっと聞きたい」努めておだやかに言う彼女は、「でもこのロープ……外してくれると嬉しいな……これだとあなたのことを可愛がってあげられない」
「――可愛がってくれるのか!?」打って変わって目を輝かせる山崎。「ああ! やっぱなっちゃんは、最高だ! おれのことをこんなに分かってくれるのはきみだけだ――」
と彼女の近くに迫り、いよいよロープに手をかけようとした山崎だが突然、動きを止めた。
「……駄目だ」
「どうして」
「……外すと、逃げ出すだろう? おまえ……」狂っているように見えて案外頭は回っているらしい。「おまえが、一生おれの元で暮らす、って約束出来んなら、……外してやる」
それは、出来ない相談だ。
彼女の一瞬の躊躇を読み取ってか、山崎が彼女を強く押す。衝撃で、彼女は咳き込んだ。
「ほらやっぱ――嘘つきが!」――しまった。激高させては逆効果だ。あとすこし……あとすこし、時間を稼がなくては。どうすればいい……とにかくいまは、山崎を食い止めること、それが先決だ。
「おれは、おまえがいなければ生きていけねえっていうのに、おまえは――おれを捨てるんだな。ごみのように。ちきしょおてめえもあいつと同じか……」
「ねえ待って。厚志……」
「なんだよ」
「じゃあ証明して。あなたがあたしをどれだけ――愛しているのかを。あなたがあたしを本当に必要としているのなら、あたしが喜ぶことなんか簡単に、出来るはずでしょう?」
「――そうだな」にやりと企んだように山崎が笑う。「おまえ、……おれとのエッチ、大好きだったもんなぁ。分かったよ。てめえのまんこにおれのスペルマぶちこんでアヒアヒよがらせてやんよ」
山崎が――近づいてくる! 危険な感情を宿して……彼女は恐ろしかった。しかし、ここには自分しかいないのだ。自力で切りなくては……彼女は必死に頭を働かせた。――食い止めろ。思いとどまらせろ。このからだは広坂だけのものだ。他の誰をも触れることなど許されない。と思ったそのとき、
「――控えろ。愚鈍な下民めが。――わらわのからだに触れるなどとは汚らわしい」
世界は、うちふるえる。
荘厳なる女王様が現れた。
「……タクシー? ああ〇〇交通ですね、分かりました!」ホームを走り抜ける広坂は改札を抜けるとダッシュする。「ありがとうございます。いま駅着きました。五分で向かいます」
赤いワンピース。目立つ色の服を着ていたことが幸いした。広坂が会社に向かうまでのあいだ、近辺にタクシーを走らせる交通会社に、片っ端から親衛隊の皆が電話をかけており、夏妃を乗せたタクシー会社が確定出来た。その運転手は巡回中であり、戻るまでにまだ――時間がかかるとのこと。それまでのあいだ、金原に会い、夏妃の携帯を受け取り、それから遅くまで頑張ってくれた親衛隊の皆に礼を言い、リーダーとハグを済ませてから再びビルの外に出、夏妃を乗せたという運転手のタクシーに乗ると話を聞き出す。カーナビに履歴が残っているので場所も特定出来た。広坂は現場に急行する。夏妃ちゃんのこと頼んだわよ……夏妃を知り夏妃を見守る皆のエールを感じながら。
「眠っている……とお客様は仰られてました。この仕事をしていると泥酔するお客様を乗せることもありますから。その都度、乗車拒否していては仕事が成り立ちません」この運転手が異変に気付いていたら、という思いはあるが、今更責めていても仕方がない。とにかく――夏妃を救うことだ。
タクシーで四十分程度の距離が随分と長く感じられた。一時間足らずのことがこれだけもどかしいとは。到着したのは――倉庫。ブロック型の倉庫があちこちに並んでいる。これのどれだというのだ? 広坂は絶望的な気持ちになった。これなら、親衛隊の皆を連れて来ればよかった。手分けして探せたのに。
「――夏妃。夏妃! どこだ!」走り回り広坂は愛する女の名を呼ぶ。「頼む! いるなら返事してくれ! おれだ! 譲だ! 『譲れねえ』男の譲だ! おれは、きみを、――愛している!」
しかしながら返事はない。とにかく――出入り口に近いところから順番に、呼びかけ、探し続けるほかあるまい。広坂は覚悟を固めた。
ハーフアップにしていたのが功を奏した。
「貴様――本当にわらわを愛しているというのなら先ずはそれを証明せよ。屹立するそれを自分で導け。屈辱的であろうな? だがその屈辱が貴様を強くする。
さあ……さし示せ。
貴様がどれだけわらわを求めているのかを、証明するのだ」
涙に濡れた山崎は、素直に、正座をすると、自身をしごきだす。山崎が自身に気を取られている間、彼女は必死に手を動かし、頭に刺したピンを取る。――取れた。よし……。
ならばと。じりじりじり、と固く縛られたロープをほどきにかかる。頭の後ろにきつく縛られているのでなかなかうまくいかない。然れども彼女は余裕の笑みを崩さない。男を見下ろす女王様――新たなる仮面を身につけた彼女は、無敵であった。
山崎は、あっという間に射精した。時間の短さがもどかしくもあったが、仕方あるまい。第二段階。
「次は、……自分のからだで二番目に感じる箇所を、愛撫せよ……。
参考になるからな。
わらわにされたらどれほど感じるであろうことを考えながら、導いて行け」
ワイシャツに黒のパンツ姿の彼がどうやって帰宅するのか……そこにまで気を払う必要はないであろう。山崎はワイシャツを脱ぐとすぐに、乳首に手を伸ばす。するとすぐに勃起する。
「あ……あああ、なっちゃん……なっちゃん!」突然の人格交代に驚きを示しながらもまだ求めているらしい。「どうしちゃったってんだよなっちゃん……でもそんなおまえも悪かない」
「――悪かない、だと……?」
ばらりと、ここでロープが落ちる。夏妃は成功した。その立ち姿はまるで、雷を浴びた女神さまのようだった。神々しさに山崎が目を見張る。いったい、どうやってロープを……。
パンプスを鳴らしながら歩く夏妃は――山崎の頬を横殴りに蹴る。「控えよ」と彼女。「わらわを……いったい、誰だと思っている。このわらわに触れてよいのは――」
どんどんどん、と扉が叩かれる。このタイミングで王子様の登場だ。喜びに胸を膨らませた彼女は、
「……あの男だけだ」
と断言した。
扉を開けば、――奥で、正座し、泣き崩れる山崎。続いて目に入るは、ピンクの上下の下着姿の夏妃……。
「ああ夏妃……」ドアを開いた彼女に広坂が抱きつく。「大丈夫? 怖いことなんかなんも、されてない……ああ見せて。きみのことを……」
「大丈夫。あたしは無事」広坂に頬を撫でられながらも小さな声で言う夏妃は、「理由は後で話すから――セックスしよう。いますぐ。あいつの目の前で」
突然の提案に広坂は目を見開いた。が、疑問を押し殺し、
「……分かった」
*