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マッドハッター〜 クロッカーのアトリエにて 〜
私は、<コープス・ステッキ>と呼ばれたステッキを手に取り、立ち上がる。持ち手が鳥の骸になっているが、握ったときに手の違和感はない。長さも私にピッタリだ。
「何十種類もの中から選び抜いたオークの木を念入りに削り、特殊な塗装で魔力が暴発しないようにもした。それとルーン文字もずらっと刻んでやったわい。後は、乱暴に扱ったりせにゃあ、ステッキはお前に応えてくれるじゃろう。」
「流石、お師匠様だ。初めて手に取ったっていうのに、違和感もない。体によく馴染むよ。」
クロッカーのような<オートマタ>達は、このように魔術師の使う杖、ステッキ、魔具と呼ばれる道具まで簡単に作れてしまう種族なのだ。<ヒューマノイド>も同様に作れるのだが、やはり大昔の技術ならではの装飾やこだわりが違う。
「お弟子さん達と協力して作ったのかい?」
「何を言う。お前専用のステッキなど、小童共にはまだまだ任せられんよ。」
「さっき信用どうのこうのって言ってた癖に。」
「お前のことを知り尽くしているわしだからこそ作れるものじゃ。」
確かに、初対面の弟子達は私のことをよく知らないし、見た目だけで判断されるのもそれはそれで嫌だ。
私は、ステッキを暫く見つめると、ある疑問が湧いた。
「しかし、何で鳥の骸なんだ? 手紙でデザインを聞いてきた時に、私は蛇がいいと伝えたはずだが。」
私がステッキをくるりと一周させて、柄の部分を握り直してから再度席に着いた。クロッカーは、深く深呼吸をしてから口を開いた。
「その鳥の骸はカラスの骸じゃ、羽根もカラスのもの。」
「カラスって。おい、まさか。」
私は、大きくため息をついた。何故か。クロウのような存在は、体の一部を使ったアクセサリーか道具、杖を持つことで従臣関係を築くことができるという。そして、このジジイからもらったステッキには、カラスの羽根が装飾されている。そうこの羽根がクロウの羽根だったのだ。
「このクソジジイ。」
「まあ、聞け。わしはもう長くない。こんな老人の世話を焼くよりかは、お前に預けたほうがいいと思うておる。」
「だから、技師は絶対見つけると言ってるだろう。それか、私の力で治すことだって…。」
「それだけはできぬのだろう? お前さんは破壊と創造こそはできるが、命までは創造できなかった。」
クロッカーの言う通りだった。私は、破壊と創造こそはできるが、命までは創造できなかった。スパイキー達と出会う前、墓場で死者を生者として創造したことがあったが、私自身の力が強すぎて、肉体の再生が追いつかずにゾンビのような生き物が生れてしまったのだ。また、魂も肉体に宿ることもなく知性も理性もないことも確認済みだった。
「あの鳥公は、わかってるのか。」
「言わずとも、相手はガーゴイル。わしの死期が近づいていることは薄々気づいておるだろう。」
クロッカーは、アルマロスの頭を指先で優しく撫でる。アルマロスは、黙々と頭を撫でるクロッカーの顔を黙って見つめる。アルマロスはクロッカーの力を借りて初めて召喚できた使い魔だ。恐らく、こいつも感じているのだろう。クロッカーに近づく死期に。
「それで。お前はこれからどうするんじゃ?」
「…決まってるだろ。何のために団を作ったと思う? 仲間を集めて、このイカれてる帽子を脱ぐ方法を探し出す。技師探しはそのついでだ。」
私は、両足をテーブルの上に乗せて足を組む。そして、クロッカーに不敵に笑って見せた。
「目的のためなら、手段は選ばない。それが、相手が誰だろうとねじ伏せてでも、私は進むよ。」
「…怖や怖や。おっと、夜が深いか。店を閉めなければ。」
窓の外を見ると、空はすっかり暗闇に包まれていた。そんなに話し込んでいたか。
クロッカーが、車椅子を押して店のほうへと姿を消す。私達もそろそろお暇しようと、カップに残った冷めた紅茶を飲み干そうとした時だ。
カラン…。
店のベルが鳴った。クロッカーかクロウが外に出たのだろうか。最後の一滴まで紅茶を飲み終えて席を立ったと同時に。それは聞こえた。
バーン!!!
店内に響き渡る銃声と、複数の靴の音。私は、カップを放り投げて店の方へと駆け寄った。スパイキー達とアルマロスも連れて。
「ジジイ!」
月の光に照らされる店内。床に散乱するガラスと宝石。胸を抑えて苦しそうに悶えるクロッカー、と彼を抱き寄せる黒髪の青年クロウ。
私はその二人の視線の先にいる、集団を見た。昼間もあったばかりの集団は旅先で呆れるほど見てきた。
「やっと、見つけたぞ。<マッドハッター>!!」
昼間の騒動の生き残りなのだろうか。数人のペスト医師がこの店に押しかけてきた。手にはクロスボウではなく、デリンジャーピストルを構えていた。うち一人のデリンジャーピストルからは煙が上がっていた。
「我が主! しっかりしてください!」
クロウに抱えられたクロッカー。彼が抑えている胸からは、黒いオイルがドクドクと流れ出ていた。それを見た時、私の何かが腹のそこから込み上げてきた。久しぶりに人間らしい感情を抱いたかもしれない。
「ジジイ…。」
「動くな!」
ペスト医師の銃口が、私に向けられる。いや、正確には私達に、だ。それでも、構わずにクロッカーの側に移動した。胸に一発。
「弾は貫通したのか?」
「わ、わかりませぬ。<マッドハッター>殿! 主は…。」
「何をごちゃごちゃ言っている! 動くなと言ったんだ!」
パチン!
私は、銃口を向けていたペスト医師とその仲間達に向かって、指をパチンと鳴らした。床に魔法陣が出現し、その魔法陣から巨大なタコの触手が勢いよく飛び出してきた。触手はペスト医師達を店の壁を突き破って外へふっ飛ばした。
「「ぐはああああああ!?」」
「…黙れよ。くそペスト共。」
私は、ステッキを持ち直して、床に魔法陣を描いた。簡易的なものだが治癒効果がある。オイルとブリキの心臓で動く<オートマタ>に治癒の魔術なんて効くのか分からないが、無いよりはましだろう。
「…ば、かもの。わしの、店を壊す、つもりか。」
「あんたがくれた最高傑作の出来が見れるようにしてやったんだ。」
私は、帽子のつばをくいっと直し、開けた穴から身を乗り出して、外へ出た。今日は月がとても綺麗だ。満月の下、海岸で行われる戦い。こんなシチュエーション、誰も望んでない。
「今夜はいい酒が飲めると思ったんだが。…お前たち、楽に死ねると思うなよ。」
<コープス・ステッキ>を彼らに向ける私は今どんな顔をしているのだろうか。それを知るのは、目の前に彼らにしかわからないだろう。