マッドハッター〜 クロッカーのアトリエ 外にて 〜
私は、ステッキを構えながら目の前にいるペスト医師達を見つめる。肩では、スパイキー達が怯えていた。
「どうした、スパイキー・スパイク? 子犬のように震えて。」
「だ、だって。相手はピストル持ってるんだよ? どうするの?ハッター。」
確かに、昼間の彼らはクロスボウを持っていたが、いつの間にかピストルを持っている。最初からそれを使えばいいものを、と思っていたが奥の手は簡単に見せない主義なのかも知れない。
「ただのピストルじゃないぞ。これには銀の弾丸が入ってるんだ。一般の老人…さっきの<オートマタ>みてーに簡単には殺せないが、人成らざるお前ならば!」
「…一つ聞こうか。ジジイを撃つ必要はあったのか。」
「くく、ただのオンボロな機械だ。試し撃ちをしたまでだ。」
「…試し撃ち、か。なら、私もお前達で試してやろうか。」
くるくるとステッキを回して、骸の先をペスト医師達に向けた。
「魔具師のクロッカーが作った最高傑作を。」
ペスト医師達は、撃鉄を起こしてピストルの引き金に人差し指を置いた。私は、砂浜に素早く円をステッキで描くと魔法陣が浮かび上がった。先程と同じように巨大なタコの触手が出てきたが、次の瞬間撃ち抜かれてしまった。
バーン!!
帽子に乗っていたアルマロスが咄嗟に防御壁を作り出したが、私は飛んでくる銃弾を直ぐに避ける準備をした。銀の弾丸はアルマロスが作り出した防御壁をゆっくりゆっくり突き進み、やがて膜を破るように貫通してきた。
パシュンっ!!
「…。」
「な、何で!? アルマロスの防御壁が破られるの!?」
防御壁のお陰で弾丸の威力を殺し、向かってくる方向がわかっていたので避けることができた。しかし、肩に乗っていたスパイキー達が「何で何で」と騒いだ。
「これが銀の弾丸と矢の怖いところだ。アルマロスの絶対的な防御壁でも簡単に貫通できてしまう。」
「ええ!? どうするの、ハッター!?」
「慌てるな。ここからは弾丸の雨の中でダンスと行こうじゃないか。」
完全には防御できないが、この通り。弾丸の威力は殺せるし、飛んでくる方向さえ分かれば死にはしない。
「強がるなよ、<マッドハッター>。弾丸はたっぷりあるんだ。呆れるほどにくれてやるよ!」
一斉に、銃口がこちらを向いた。私は、尖った歯を見せながらにやっと笑って見せる。
「そうこなくちゃあな? 私もまだこのステッキに慣れてない。殺す気で来てくれないと私が退屈で死んでしまう。」
「抜かせ!!」
ドンドンドン!!!!
銀の弾丸の中、私は。いや、私達は駆け抜けた。走れ、躍れ。そこに道がある限り。
クロウ〜 クロッカーのアトリエにて 〜
私は、主の店の中で彼らの様子を伺っていた。できるなら、自分も参戦したかった。
「ぬう…。」
自分の腕の中で悶えている主を一人にしては置けなかった。抑えている胸からオイルが漏れ出している。もし、主が人間だったらとっくに息絶えているだろう。しかし、主は<オートマタ>。オイルが切れても、ブリキの心臓が無事ならばまだ救いはある。
「主、我が主。大丈夫です。私が側におります。」
主が抑えている手に自分の手も重ねる。本物の人間のようにごつごつした手。私はこの手が大好きだった。何故だろう? ずっと昔から知っている手の感触。恐らく、自分がガーゴイルとして人間に作られた時に感じた職人の手と同じ感触。
「ぬう、ク、ロウ…。」
「はい、ここに。」
「エー、ヴェルは、どう、なって…。」
私は鋭い眼で、砂浜で戦っている<マッドハッター>と呼ばれたあの人を見た。ペスト医師たちの弾丸を避けながら、主の作ったステッキを高速で回しながら、避けていた。
「なんとも言えません…。しかし、本当にあの人は強いんですか?」
「…ああ、強いとも、わしのステ、キが、あれば…。」
途切れ途切れに話す主が痛々しく感じた。主がこう言うのだから信じるしかないのだろう。目の前にいる<マッドハッター>と恐れられているあの人を。
月の輝きが一層増した気がした。
マッドハッター〜 クロッカーのアトリエ 外にて 〜
四方八方から飛んでくる銃弾を避けて、彼らの間を通り抜けて行く私達。だんだん防御壁を貫通する速度も上がってきている。気を抜くと肩か足を撃ち抜かれかねない。主がピンチだと言うのに、のんきに欠伸をするアルマロス。余裕があるのか、もはや諦めているのか分からないが、こいつには困ったものだ。
ヒュンヒュン!!
「そろそろだな。」
私達は、彼らの間を走り切ると背を向けたまま立ち尽くす。直ぐ撃ってこない所を見ると、弾を込めているのだろう。
「勝ち目がないとわかって、諦めたか?」
背後で銃口が向けられた音がした。アルマロスの防御壁は新しく張り直さないと意味を成さないだろう。けど、そんな時間もなければ、アルマロス本人のやる気もない。打つ手がないように見えただろうが、そうでもない。
「諦めた? 私は何も諦めたわけじゃない。準備が整っただけだ。」
パチン!!
指を鳴らすと、ペスト医師達の足元が青白く光りだした。彼らは何事かと周りを見渡すと、一人のペスト医師が気づいた。
「こ、これは…。魔法陣だ!」
「まさか、こいつ! 我らの弾丸を避けながら、魔法陣を描いていたというのか!!?」
「今更気づいても遅〜んだよ。このヤブ共。」
更にもう一回指を力強く鳴らすと、魔法陣から無数のタコの触手がうねうねとさせながら現れた。大きな触手から小さい触手まで。触手は、地面を叩きながら鞭のように振り回し始めた。
「うわああ!?」
「やめてくれええ!!」
「た、助け」
触手はペスト医師達のピストルを叩き落とし、次々と彼らを拘束していく。中には魔法陣の中へと引きずり込まれる者や、触手同士の獲物の取り合いによって体が引きちぎれる者、地面に何度も打ち付けられて顔の形がわからなくなる者が現れた。
「ひ、ひいい!!」
腰を抜かして、その場に倒れた残り一人の医師は、仲間たちが死んでいく様をみて恐怖していた。
「無様だなー?」
「ひっ!?」
私は帽子のつばをくいっと上げて、恐怖しているペスト医師を見下ろした。さっきまでの勢いはどこへいったのやら。ペスト医師は大勢を立て直すと、その場で土下座した。
「す、すいませんでした! どうか、どうかああ、命だけはああ!!」
この期に及んで、命乞いときた。私は、アトリエにいるジジイのほうを見た。まだ生きているが、どうするか私を見ているようだった。一方で、クロウは眉間に皺を寄せていた。ジジイをこんな目に合わせた奴らが憎いのだろう。確かに、こんな殺戮をするために、ジジイから魔術を教わったわけではない。
私は、この帽子を脱ぐために。そして、自身の身を守るために学んだ。それをこんなことに使うのはジジイの面汚しにも程がある。と考えていた時だ。
「ばあああか!! 油断したなあ!!」
ペスト医師は体を起こすと、懐に忍ばせていた銀のナイフを突き立ててきた。この距離。完全に油断していたのもあって咄嗟に防御ができなかった。
あ、これ刺さったわ。
そう思った時だ。風を切るような音を立てて、黒い羽根が飛んできた。羽根はナイフの握られた手の甲を貫通し、血を浴びて砂浜に刺さった。
「いぎゃあああ!?」
手の甲を抑えてその場で丸まるペスト医師。羽根が飛んできた方を見ると、飛ばしたのは負傷しているクロッカーでないのは一目瞭然だった。じゃあ誰か? 答えは一つ。こちらに手を伸ばしていたクロウしかいないだろう。
「…。」
月に大きな雲が差し掛かった。やがて通り過ぎていくと、月光に照らされた緋の色をした彼の瞳がこちらを見ていた。それは触手によって殺されたペスト医師達の血よりも、床に無造作に転がっているルビーよりも赤かった。
私がクロウの方を暫く見ていると、この隙にペスト医師は逃げようとした。
しかし、触手は次の得物…または玩具を見つけて、ペスト医師の直ぐ後ろでうねっていたのだ。すべての触手はペスト医師の四肢をガッチリつかんだ時、ペスト医師は大声で発狂した。
「あ。ははは、あひゃはやはやははあはあっはあっ!!!!」
バキバキと、あるいはメキメキと何かを裂いたような音が同時にいくつも聞こえてきた。さっきまで聞こえてきた発狂もやがて聞こえなくなった。どうなったかなんて見なくともわかっている。触手は満足したのかやがて、無数の残骸とともに消えてしまった。
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