Lamentum
壊れ行く世界に残す、最後の涙
第一章 - Althena’s Endless Dream
第一話 - Althena Lysine
目を覚ました瞬間、冷たい風が頬を刺した。視界はぼやけており、どこか遠くから人々のざわめきが聞こえる。頭は空っぽで、何も思い出せない。
「私は……誰?」
自分の名前だけはかろうじて覚えていた。アルセナ・リザイン――それ以外の記憶は霧の中だ。
立ち尽くしていると、周囲の人々がまるで自分の存在を無視するかのように通り過ぎていく。彼らの中で一人だけ、私だけが切り離された存在のように感じた。
不意に背後から声がした。
「あら、迷子かしら?」
振り返ると、黒髪の女性が立っていた。長い髪が風に揺れ、優しい微笑みを浮かべている。その笑顔が、少しだけ心を和らげた。
「……私?」
戸惑う私を見て、彼女はいたずらっぽく笑った。
「そう、君だよ。ここら辺でさまよってるの、ずっと見てたけど、どうしたの?」
「私…実は、」
その問いに、何も覚えていないことを正直に伝えると、彼女は目を丸くした。
「えっ、記憶がないの?それは……大変ね。」
驚きつつも、彼女はすぐに笑顔を浮かべて言葉を続ける。
「名前は覚えてる?」
「……アルセナ。アルセナ・リザイン。」
名前を口にした瞬間、胸の奥に鈍い痛みが走った。何か大切なものを失ったような感覚――だが、それが何なのかは分からない。
その後、彼女は「メルテンシア」と名乗り、軽い調子でいろいろと話しかけてくる。
「最近、この辺りで変なことばっかり起きてるのよ。でも君みたいな迷子が突然現れるなんて、珍しいわね。」
メルテンシアと共に街を歩く間、私はこの国が「ウルスナヤ連邦」で、この街が「ロノフスク市」と呼ばれる場所だということを教えられた。
「この街はウルスナヤでも結構大きな街なのよ、そしてここは私の故郷でもあるのよね」
記憶を取り戻そうとするたびに、霧の中をさまようような感覚に襲われる。それが恐ろしくて、メルテンシアの話に耳を傾けることで平静を保とうとした。
「ところで、アルセナちゃんって何歳くらい?」
「……分からない。」
「私から見た感じだと、17歳くらいかな。」
彼女は屈託なく笑い、その無邪気さに少しだけ緊張が和らぐ。
メルテンシアの家に着いたとき、その豪華な外観に思わず驚きの声を上げた。
「こんな立派な家に私なんかが……。」
「気にしない気にしない!ほら、入って。」
招かれるまま家に入ると、温かいお茶が手渡された。だが、メルテンシアは机の上にノートパソコンを広げ、何かを調べ始めている。
「どうしたの?」
「ちょっとね……気になることがあるの。」
険しい顔でパソコンを睨む彼女を見ていると、突然私に画面を見せてきた。そこには驚くべき情報が記されていた。
[]連邦国家情報管理局[]
[]Name:Althena Lysine
[]Age: 17
[]Nationality: Republic of Vizantiena
[]Ursnaya Citizenship: T
[]Mother: Vizantine Lysine
[]Father: Alexander Slabnov
[_]Overview: Insufficient Access Rights
画面を見た瞬間、呼吸が止まった気がした。そこに書かれているのは間違いなく私の情報だ。しかし、概要の部分には「閲覧権限不足」と表示され、内容を見ることができない。
「これ……私の……?」
メルテンシアは驚きの声を上げた。
「あり得ない!私、連邦のほとんどの情報にアクセスできるんだけど、この権限でも見られないなんて……。」
彼女はサラッととんでもないことを口に出したが、それだけ驚いていたのだろう、 そして直ぐに調子を切り替えて、彼女は真剣な表情で画面を睨み続けた。
「……ねえ、アルセナちゃん。君、ただの迷子じゃないわね、私やお父さんの権限でも見れないとなるとほぼ国家機密みたいなものよ」
その言葉に心臓が跳ねる。
突然、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま。」
家には今日誰もいないはずだった。帰ってきたのは――誰?
メルテンシアが焦った顔でこちらを振り返る。
「やば……隠れて!」
メルテンシアに急かされ、私は近くのクローゼットの中に身を潜めた。彼女は慌ててパソコンを閉じて玄関に向かう。
「どうしたの?今日帰ってくる予定じゃなかったでしょ?」
低い男性の声が応じる。
「メルテンシア、説明が必要だな。誰かいるんじゃないか?」
胸が高鳴る音が耳の中で響く。何か良くないことが起こりそうな予感――それは直感ではなく、確信に近いものだった。
第二話へ続く
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